「私は沢田君のこと好きだよ!!」
シンと静まり返る教室。どうしてこんな所で、しかもこんな状態の時に大事なことを大声で言ってしまったのだろうかと凄く後悔した。
中学の入学式の時に初めて見たハニーブラウンの彼に心惹かれて、気付いたらずっと彼を目で追ってしまっている自分がいた。
あぁ好きだなぁ、と思う反面。でも沢田君は京子ちゃんが好きなんだよね・・と思うと悲しくて。それなのに彼と目が合うと嬉しくなってしまう。
そんな煮え切らない片想いをずるずる引きずったまま高校に入学して、彼への恋心は今も健在だ。
高校生になって、なんとなく雰囲気や性格が大人びていった沢田くんに想いを寄せる子はどんどん増えて。ああ私もこの中の一人なんだ、きっと永遠の片想いで終わるんだ、なんてどこか諦めの感情さえも見え隠れし始めていた。
「苗字、足怪我してない?」
「え・・?」
そんな私に青天の霹靂。
体育の授業の後。呆然と彼を見上げる私と、私を見下ろす彼。
授業中に軽く足を捻ってしまって少し痛かったけど誰も気付いてないし、明日になったら治るだろうと思って放って置いていたら予想外の人に気付かれてしまった。
「見せてくれる?」
「え…べ、別に平気だよ!」
足の怪我に気付かれたことよりも、話しかけられた驚きよりも、その場に膝をついて私を見上げる沢田君に私の心臓は面白いぐらいに速くなった。
近くにいる、それだけでドキドキするのに。
「苗字」
まるで催促するように名前を呼ばれて、目が合って。恥ずかしさを誤魔化すように顔を伏せて、渋々足を見せれば紫に腫れ上がった私の足首。あれ、私が最後に見たときはこんなに酷くなかったのに。
「…」
「ご、ごめんなさい・・っ」
まさかこんなに腫れると思わず、自分自身足の状態には驚いていたんだけど、無言になってしまった沢田君に反射的に謝罪する。
すると突然、しゃがみ込んだまま私に背を向けた彼。
「はい」
「え?」
はい、と言われても彼の行動が理解できず、背中を見つめたまま困惑していたら呆れたような沢田君の声。
「乗って」
「え、」
「保健室に連れて行くから」
今日二度目の、青天の霹靂だ。
「え、ええ!…いや、あの一人で平気だよ!」
「その足で歩いていく気?」
「ひ、引きずっていけば何とかなるよ…!」
心配してくれるのは嬉しいけど、おんぶされるのは如何なものか。想像するだけで恥ずかしくて必死に首を横に振って言い返していると沢田君は「はあ…」と大きな溜息をついた。
「これなら担いだ方が早いかな」
「そっ、それは!」
「嫌なら早く」
沢田くんって意外と頑固だ。片思い歴長いけど知らなかったよ。
なんて考えながら恐る恐る周りを見渡せばクラス中が私達を見ているし、主に女子の視線が痛くて瞬時に頬が熱くなるのを感じた。
どうしよう、恥ずかしい。クラスメイトが向ける私の状況を楽しんでいるような視線と、痛いぐらい感じる女子からの妬みの視線。私は普段クラスの中心にいるような人間じゃないのに、二つの視線を同時に向けられ私は耐えることができず口を開いた。
「わ、私、本当に平気…だからっ」
羞恥で振るえてしまう声で拒否する。
心配してもらえたことは嬉しい。だけど私には無理だ。中学生のころからずっと、いつも見ているだけだった私がいきなり沢田君に触れるなんて、そんなの無理だ。
「何で?」
「え…?」
その場から立ち上がり、私に背を向けたままの沢田君の声は酷く怒気を孕んでいて身体がビクリと震えた。
クラスのみんなも沢田君の只ならぬ気配に気付いたのか静まり返っている。
「俺にこういう事されるのは、迷惑なんだ?」
「ち、違・・!私重いし、それに沢田君に迷惑掛けちゃうし、」
「・・」
「この怪我だって元々私の不注意で、沢田君には関係ないことだしっ」
ここまで言って後悔した。
違う。関係ない、なんて。こんなことが言いたかったんじゃない。本当は、伝えたいこと、もっと違くて。心の中で否定の言葉をたくさん並べるけど、どれも言葉になって出てこない。
「へえ・・そう」
「あの、私・・っ」
「苗字ってさ、」
「え・・?」
ゆっくりと正面を向く沢田君に私は悪い意味で心臓が早くなった。
「俺のこと、嫌いでしょ?」
その言葉に頭が真っ白になった。
嫌い?誰が?
私が?沢田君を?
「ち、違っ」
「いつも俺と話す時ビクビクしてるし」
「それは・・っ」
話しかけられても何を話せばいいのか分からなくなって緊張してしまうから。そうやっておろおろする所を見られたくなくて、恥ずかしくなってしまうから。
「別に無理しなくて良いけど」
「無理なんか・・!」
「嫌いなら嫌いで、俺は構わないし」
どうしてこんな状況になっているのか分からないけど、どこか冷めた目をする沢田君に心が痛くなって。私は自分の頭が理解するよりも早く、その言葉を声にしていた。
「私は沢田君のこと好きだよ!!」
私の声がクラス中に響き渡った。水を打ったように静かになる教室に私は自分が発した言葉の意味を理解した。
両手で口を塞ぐ。途端に襲ってきたのは後悔よりも大きな感情。こんな所で、こんな状態で伝えるつもりはなかった。伝えることが出来なかったとしても綺麗な思い出として残しておきたかった。
「っ、」
沢田君の顔が見れない。僅かに視界がぼやけていくのが分かる。言ってしまった言葉を今すぐ取り戻したい。なかったことにしてほしい。
少しずつざわめきを取り戻す教室に涙が溢れてしまいそうになったときだった。
「!・・、んっ」
口を覆っていたはずの両手が突然掴まれ、代わりに私の唇に柔らかいものが押し付けられた。
それと同時に響き渡る女子の悲鳴のような叫び声。さっきの私の告白より何倍も大きい声。
驚いて目を見開けば、そこには沢田君の顔がすぐ近くにあって余計に頭が混乱した。
「名前」
「・・っ」
ようやく唇が離れたかと思ったら、今度は突然名前を呼ばれ私は瞬きを繰り返すことしか出来ない。
私の頬に添えた沢田君の手に軽く引き寄せられた。近くなる距離に頬が熱くなる。
「俺も好きだよ」
「え、あ・・」
言葉の意味を理解してか、まるで火がついたように頬を赤くする私を見て僅かに笑みを浮かべる沢田君。
再び引き寄せられ唇を奪われると、聞こえたのは女子の叫び声。それとその中に紛れた獄寺君の叫び声。
大胆な告白は 最大の近道
(あがり症な私の) (精一杯の近道)
綺麗な思い出として残しておくのもいいけど
私はこっちの方が幸せ・・かな
−−−−−−−−−−−−−−−−− あがり症の女の子って可愛いな、と思い 20100328修正
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