分かってたよ、自分の位置ぐらい。役立たずなことぐらい、知ってたよ。

だけど傍にいられるなら、かまわないって思った。なにか心に引っかかりを感じても、傍にいられるなら、って思ったんだよ。







今日は一人、自室での執務。誰もいない部屋に私だけの世界。のんびりできる空間なはずなのに、なんだか今日は上手くいかない。

だけど仕事は仕事。みんなに迷惑かけてはいけないので、ゆっくりと書類に手を伸ばした。




「‥」




だけど、手に取ろうと思ったが途中で止めた。今日は仕事だけじゃなくて何もやる気がしない。迷惑がかかるかもしれない、ってことは分かってる。

これでも頑張って大体の仕事は片付けたんだから、少しぐらいさぼってもいいだろう。




「‥はぁ‥」




手に持っていたペンを投げ出して書類の上に頭を伏せる。ぐしゃ、と音がするけど、どうにも顔を上げられない。

原因は自分でも分かってる。それは今日のお昼に、大広間へ向かった時のこと。







「ボスも変わってるよな」




大事な書類を抱え、自室へと戻ろうとしたときにそれは聞こえた。

なんとなく足を止めてしまい、コッソリと中を覗けばあまり本部では見かけない顔。多分違う支部の人だろう。

すぐに自室に戻れば良かったのに、ボスと言う単語につい興味がひかれてしまった。




「ん、何がだよ?」

「ほら、ボスの傍にいる女いるだろ?」

「ん、ああ、あの人か」




私のことだ。

そうすぐに気付けたのは、これでも私がボスの秘書と言う立場にあるから。




「戦えない人間をどうして傍に置くんだろうな」




名前も知らない男の言葉に少しだけ息が詰まった。




「確かにそうだな。ボスには強い右腕も頼れる人もいるのにな」

「だろ?こう言うのもあれだけど‥正直、役に立たないよな」

「執務ぐらいなら、誰だってできるもんな」








「分かってるよ‥」



思い出して一人呟いた。



「分かってる‥っ」



言われなくたって分かってる。

私は中学生からの友達と言うだけで、戦えない人間。隼人も武もすごく強くて仕事も出来て。それなのに優しくて。

私には出来ることがない。執務ぐらいしか、出来ることがない。それが事実。

だけどそれでも傍にいたかったから。一番近くにいたかったから。


本当は、もっと望んでた場所がある。だけどそれを声に出して望むほど、私に勇気はなくて。

執務しか出来ない私だけど、少しでも彼の傍にいることが出来るなら、と思って。だから一生懸命頑張ってたのに。

あの人達は間違ったことなんて言ってない。全部本当のこと。執務しか出来ない私、戦うことが出来ない私。

みんなの役に立てない、私。




「‥っ!」




だからこそ、自分に腹が立って仕方ない。

胸にこみ上げてくる激情のまま、手元にあったペンを掴んで思い切り投げた。ガツン、とドアに当たったペンは壊れ、漏れたインクが少し付着した。

こんなの八つ当たりでしかないと分かっている。ペンを投げたところで私の能力が上がるわけじゃない。そう分かっていても、感じる劣等感に感情が収まってくれない。




「‥言われなくたって、分かってる‥分かってるよ‥っ!」




惨めだ。すごくかっこ悪くて、情けない。自分の乏しい能力を、こうやって物に当たることでしか晴らすことが出来ない。

守護者でもない、戦うことも出来ない私を、どうして傍に置いてくれるの?

聞きたい、でも聞きたくない。同情からだったら、耐えられない。哀れみから、なんてそんなの嫌だ。

どうにもできない感情をぶつけるように、握った拳でデスクをガンッと叩いた。音は思った以上に大きく、部屋に響き渡った。






「‥名前、今すごい音がしたけど」

「つ、なよし‥」

「ノック、したんだけど返事がなかったから」




ごめん、と小さく謝る綱吉に罰が悪そうに顔を歪めた私。デスクに広がる少しくたびれた書類、ドアの前に転がった壊れたペン。この状況を説明できない。




「どうかした?」



足元に転がっていた壊れたペンを手に取ると、ゆっくりとコチラに歩み寄ってくる綱吉から目を逸らして俯く。




「なんでも、ない‥」

「名前?」

「なんでもない、から‥出てって」




一人にして、と震える声で続けると綱吉が、ふう、と溜息をついたのが。呆れられているのかもしれない。子供みたいな癇癪を起こした私を、面倒だと思ったのかもしれない。




「一人に、なんて出来るわけないだろ?」

「‥っ」

「少なくとも今の名前を一人にする気はないよ」




その言葉に一瞬にして視界が歪む。ふわり、と私の頭の上に置かれた彼の手。慰めるように優しく撫でてくれる手が暖かい。




「何か、あった?」

「‥」

「‥名前、おいで」




黙ってしまった私をイスから立ち上がらせると、私の手を引いて部屋に備え付けられたベットへと腰掛けさせた。

硬いイスから、柔らかいベットへと腰掛けたせいか、張り詰めていた気持ちが少しだけ緩んでいくのを感じた。




「‥」

「‥」




隣に腰掛けて、私が話しだすのを黙って待っている綱吉。

言ってしまえば楽かもしれない。言われたことを、そっくりそのまま伝えたらきっと綱吉は、「役に立たないなんてことはない」って言って慰めてくれるだろう。

だけど、その行為はまるで告げ口をするようで嫌だった。




「名前」

「‥、」

「言いたくない?」




コクリと小さく頷けば「わかった」と返し、綱吉は何も聞いてこようとしない。ただ黙って、私の隣にいてくれた。



「ごめん、なさい‥」



ぽつり、と漏らした言葉。こんな所に長い間いられるほど綱吉は暇ではないのに。私のために彼はここに留まってくれてる。




「何が?」

「私の、せいで」

「いや、俺が好きでここにいるだけ」




笑い混じりの綱吉の声。私が自分を責める前に言葉を遮り、私が責任を感じさせないように言葉を繋げてくれる彼を、好きだと思ってしまう。隣に、こうやっていてくれるのが心地いいと思った。




「‥つな、よし」

「ん?」

「どうして‥どうして私を、傍に置いてくれるの?」




本当は聞きたくなかったことだけど、どうしても気になっていたから、つい聞いてしまった。

聞いてしまったら最後。ずっと溜め続けていた疑問は、水が溢れ出すように言葉となって出てくる。




「私、戦うこと、できない‥書類整理ぐらいしかできない‥っ」

「‥」

「いつも、みんなに守られて‥っ!」




いつも綱吉に守られてる。彼がボスという立場だから、私はここにいることが出来る。周りがどう思っていても、彼が望んでくれるからここにいられる。

そうやって私はいつも守られてる。守られてるだけの女の子なんて一番嫌いなのに。




「武器を持てるわけじゃない‥頭がいいわけでもない‥私をっ」




そばにいる理由が見つからない。ふわふわとした己の足元。彼から突き放されてしまったら全てが終わってしまうほど脆くて。

何が苦しいのか。何もできない自分が悲しいのか、脆い立場が悔しいのか。それとも、




「そばに、置いておきたかった」

「、え‥?」

「武器を持ってほしいわけじゃない、名前はそんなことしなくていい」




そうじゃない、と芯のある綱吉の声。顔を上げて目を合わせると、綱吉は私の目を真剣な眼差しで見つめたあと、ふっと笑った。




「気付けよ、馬鹿」




言われてる意味が分からなくて言葉が出ない。瞬きを繰り返すことしか出来ない。




「本当は、いつだって隣にいてほしかったけど‥俺って肝心なところで勇気ないんだ」

「‥」

「ここまで一緒に来てくれただけで満足しなきゃ‥傍にいてくれるだけでいい‥、って」

「つな、よし‥?」

「だけどそう思う反面、俺じゃない奴のところに行かれるのも嫌だった」




あー、だから‥!と唸り声を上げながらハニーブラウンの髪をぐしゃぐしゃと掻く綱吉を呆然と見つめる。




「役に立つとか、立たないじゃない」

「‥う、ん」

「俺が名前を好きだから、離せないだけなんだ」




同情でも哀れみでもない。理由も理屈もいらない。単純に好きだから。

そう繋げる綱吉の言葉をゆっくり理解すると、ぽろ、と一つ涙が零れた。一つ零れたら止まらない。何かが壊れてしまったように溢れ出す。

今、分かった。私は苦しかったんだ。




「だからさ、もう傍じゃなくて‥隣に来いよ」

「‥はい‥っ」




涙を袖で拭いながら、震える声で返答すると、綱吉は眉を下げて微笑み私の顎を軽く掴むと、簡単に唇を掠め取ってしまった。











(傍よりも)
(隣のほうが近いよね)





苦しかったんだ


いつまでたっても埋まらない距離が

傍にいることしかできない自分の位置が

もっと、もっと近づきたくて


苦しかっただけなんだ



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これ書こうとしたとき、きしめんを聞いてて
このネタが思い浮かんだ気がする(ぶち壊し)
20091215修正