楽しそうに笑いあう私の大切な彼と、知らない女の人。それを呆然と見ている私。

私に気付いて欲しくて声をあげているのに、届いていないのか彼の視線が私に向くことはない。

傍に行きたいのに、彼に近付きたいのに、私の足はその場から動いてくれない。

涙で霞む視界の中で捉えたのは、私じゃない女の人を引き寄せる彼の姿。












「‥っ!」




弾かれたように目を開いた。なんだか息が苦しくて呼吸が荒くなってしまう。キョロキョロと視線だけを彷徨わせ、高鳴る心臓を沈めようとした。

少しずつ霞んでいた視界が元に戻っていく。見上げていたのはいつもの天井、寝転んでいたのはいつものベッド。

ああ、なんだ夢か。と、ようやく状況が理解できたのか、混乱していた頭がいつものように回りだす。




「はあ‥」




深い溜息をつく。じっとりと汗ばんだ身体が気持ち悪い。窓に視線を向けてみればまだ外は真っ暗で、月明かりが僅かに差し込む程度。

寝覚めが悪いと言うのはこういうことを言うのだろうか。どうにも気分が悪くて仕方がない。身体を起こす気にもなれない。もう一度寝ようかと思い目を閉じようとするが、さっきの夢をまた見るのかもしれないと思うと、私の目は自然と開いてしまった。


嫌な夢。その一言に限る。あんな風に楽しそうに笑って、私じゃない他の誰かを愛しげに見つめる彼の夢なんて、嫌な夢と言う意外にどう表現すればいいんだろう。

どうしよう、夢だって分かってるのに泣いてしまいそう。


幼いころは嫌な夢を見て泣いてしまった時どうしていたっけ?‥ああ、そういえば、泣きじゃくる私を慰めるように抱きしめてくれる両親がいてくれたなあ。


思い出し手を這わせてみるが、そこにはいつもある存在は無く、ただ冷たいシーツ広がっていた。




「ディ、‥ノ‥」




彼は今頃まだ仕事の最中だろうか?今日は遅くなるって言われていたけど今は何時だろう?そう考えるだけで、私の身体は時計を見ようともしない。

ぼうっと目を開いたまま冷たいシーツに手を滑らせた。




「‥」




どうやらディーノのことをとても気に入ってしまった女性がいるらしい。しかもその女性はとあるファミリーのボスの愛娘ときた。食事会に誘われたディーノは断れるはずも無く。

いま私の隣りに彼がいないのは今日がその食事会だから。

いつもだったら泣きそうな私を優しく抱きしめてくれるのに。きっと今頃は綺麗なお嬢様が独り占めしているんだろう。


なにもこの日にあんな夢を見せなくたっていいじゃないか。彼を信じているのに泣きそうになってしまう。

出かける時、私を安心させるように軽く頭を撫でてくれたけど、その撫でてくれた手の感覚が時間が経つに連れて薄れていってしまう。

見た夢が私を不安にさせるのか、それとも話しを聞いたときからずっと不安だったのか。どっちにしても心が揺らぐ。


今頃ディーノは相手のお嬢様に笑いかけているのかな?それともいつも私に触れているようにお嬢様に触れているの?私が見た夢のようにあなたは・・。


不意に零れそうになった涙をシーツへと押し付けた。






「なんだ、名前起きてたのか?」

「っ!?」




響いた声に身体が跳ね上がる。さっきまで時計を確認する気すらしなかったのに、その声を聴いた瞬間おもしろいぐらい身体が跳ね上がってしまった。




「ディー、ノ‥?」

「ただいま」




真っ暗な部屋でパチパチ、と瞬きを繰り返す。お風呂に入っていたのか髪をタオルで軽く拭きながら笑みを浮かべるディーノ。滴る水が月明かりに反射して金色の髪がきらきらしてすごく綺麗に見えた。




「少し前に帰ってきたんだけど、お前寝てたみただから‥‥って、うわ」




ギシ、とベッドに腰掛けながら話すディーノの言葉を最後まで聞き届ける余裕が私には無く、性急に距離を縮めるとなりふり構わず飛びついた。




「おい、どうした?」

「‥」

「名前、俺シャツ着たいんだけど」

「‥や、」

「や、ってお前なー‥」




少し苦笑い交じりにそう呟くディーノから離れることができない私。上半身裸のディーノから僅かにボディーソープの香りが漂ってくる。




「‥食事会は?」

「ああ早めに切り上げてきたんだ」

「お嬢様はよかったの‥?」

「もちろん丁重に断ってきた」

「‥そっか」




安心したのかなんなのか、ディーノの身体に回していた腕に力が入ってしまった。涙じゃなくて、笑みがこぼれる。




「なんだよ、心配してたのか?」

「‥そんなこと、ないよ」

「嘘つけ」




そう言って笑いながら私の頭を撫でるディーノの手。薄れていたはずの感覚が一瞬にして戻ってきた。




「‥変な夢を、見ただけだもん」

「へえ、どんな?」

「‥言わない」




ちょっとでも不安に思ったことが恥ずかしいから言わない。夢に惑わされて泣いてしまいそうになったのが情けないから言わない。

所詮は夢。どんなに嫌な夢でも起きたら終わりを迎える。夢は夢のまま、現実にならないように私の中へ閉じ込める。




「まあ心配するだけ損ってもんだぜ」

「‥え?」

「俺は名前以外には絶対なびかねーからな」




夢は夢のままで。現実のあなたが私に笑いかけ、私を愛してくれるなら‥それでいい。










(私の夢は)
(ただの取り越し苦労)




だけどやっぱり、せっかく夢を見るんだったら幸せなものが見たい

‥なんて思ってしまう私はわがままかな?



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小さいころの怖い夢は軽くトラウマレベル
20100311