当たり前に過ごしていた日常が、ふとした拍子に虚しくなる。
ボスから言い渡される任務を請け負って、ミスの一つもせず、完璧に任務を遂行する。そんな変わらない日常、永遠のように続くそんな日々が突然、虚しくなってしまう。
聞きなれたはずの人間の断末魔。ぐちゃ、と剣が人を貫く瞬間も、血生臭いその匂いも。全部が嫌になり、むせかえる。
「情けねえ‥」
まだ俺に常人としての気持ちが残っていたのか。駄目だろう、俺みたいなのがそんな気持ち。
外は雨。傘なんて煩わしいものは手にせず外に出れば、冷たいそれが身体を打つ。
身体に染み込んだ血の匂い。頭を巡る断末魔。流れてくれ、何もなかったように洗い流してくれ、と馬鹿みたいに一人願う。無理なことは分かってる、いまさら引き返す気もない。
流してほしいのはこの、ぐちゃぐちゃとした無意味な考え。それさえ流れてしまえば俺はもっと強くなれる気がした。
「スクアーロ、」
「あぁ?」
響いたソプラノの声。振り返るとそこには傘も持たずに佇む女の姿。俺の部下で、俺の女。
穏やかに笑みを浮かべたまま俺の横に立つ名前を怪訝な表情で見下ろすが、本人は俺の視線なんて気にも留めず、真っ暗な空を見上げた。特に何をするわけでもない。俺を慰めに来たわけでもない。
ただ俺の隣に佇み、空を見上げる。それだけ。
「風邪、ひくぞぉ‥」
「スクアーロに言われたくないよ」
「‥」
こんなに濡れて、と少しだけ困ったように笑い、俺の長い髪に触れる。
こいつはどちらかと言えば常人だと思う。こんな場所にいて、俺と同じような仕事をこなしてるくせに、常人で、綺麗な存在。時々こいつが俺の隣にいることは間違いなんじゃないか、もっとふさわしい奴がいるんじゃないか、と思う。
俺が汚すぎるのか、それとも名前が綺麗すぎるのか。
「なに考えてるの?」
「‥いや、」
「うそ。スクアーロがそういう目してるときって、あんまりよくないこと考えてるもん」
でしょ?と笑う名前に言葉を返すことができず、顔を歪めて視線をはずす。
「名前、」
「ん?」
「やっぱお前は中に入ってろぉ‥」
「いーや」
ベ、と舌を出すこいつはもう何を言っても動かないだろうな、と諦めて溜息をついた。
「飽きるまで、そばにいてあげる」
「‥あぁ?」
「だから、スクアーロが飽きるまで一緒にいてあげるって」
風邪引いたら責任とってね、とからかうように笑う名前に、さっきまでぐちゃぐちゃと考えていた馬鹿みたいな考えが、全て洗い流されていくような気がした。
「この馬鹿が、」
「なんとでもどーぞ」
「馬鹿やろう」
「はいはい」
「・・、離してやらねぇぞ」
「離れてあげないもん」
離さず離れず
(そうやって笑うから) (離せなくなるんだ)
なぁ、
なーに?
好きだ、馬鹿
・・私もだよ、ばーか
−−−−−−−−−−−−−−− 雨に濡れた鮫は色っぽいと思うんだ 20091117
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