「はぁ…」


部屋で一人、溜息を吐いて寝転がった。何もする気が起きず、ごろりと寝返りをうつ。夏休みなんて本来であれば自由な時間を過ごし、友達と遊びに行ったり買い物行ったり、そうやって楽しく過ごすはずなのに。

テレビは見たくない。暑くて熱い甲子園のシーズン。今はどのチャンネルにも彼がいるから。


「はぁ…」


本日二度目の溜息が漏れる。

彼とは同じ学校で同じクラス。それなのに全然話せないまま夏休みに入ってしまったことに少し後悔するが、同時に仕方ないとも思う。甲子園の為に毎日楽しそうに身体を動かす彼はかっこよくて、眩しい。自分の彼氏だなんて、もったいなくて意味もなく謝罪したくなるほど素敵な人。

今ごろは次の試合に向けて練習中かな?とぼんやり考える。彼の笑顔を思い浮かべると、なんだか寂しくて胸が痛くなった。


中学の時に知り合って彼に恋をして。好きでたまらなくて、必死になって告白したら、俺も好き。と笑顔で答えてくれた彼に、嬉しくて泣いてしまった私。まるで全部が昨日の事のよう。それぐらい鮮明に覚えている、

携帯を開いてみるけど新着メールは無し。着信履歴も無し。部活に専念する彼の邪魔になりたくなくて連絡をするのを控えたのは私のはずなのに、こんなにも寂しいなんて。

家だって遠くて、忙しい彼に気軽に会いに行けるはずもなく、ただただ時間だけが過ぎてゆく。


「‥期待の新人だって、さ」


つい最近お父さんが読んでいた新聞にそんな事が書いてあった。

ニュースも新聞も彼のことばかり。テレビで特集まで組まれていて、甲子園の話題になれば二言目には彼の名前が出る。当たり前だよね、彼はこの時のために頑張ってきたんだから。


「ファン増えちゃったじゃない…」


ファンなんかより、名前がいてくれれば良いって!

そう笑った君はいつのことだっけ?なんだかものすごく昔の出来事のような気がする。

こんなつまらない夏休みになってしまう前、グラウンドで練習する君に必死に声援を飛ばす女の子の山。中学のときは当たり前の光景だったのに、高校に上がって更に増えたファン。彼を見つめる女子の多さに少し眩暈を覚えた。


最後のデートはいつだったっけ?と考えても思い出せない。それほど遠い記憶なのかと思うと遣る瀬無くなる。

高校に入って部活に専念しだした彼にデートなんてわがまま、とてもじゃないけど言えなかった。


「あの公園にも半年行ってない‥」


いつもデートの待ち合わせは決まった公園。

お互いの家からちょうど中間地点にあるから丁度良いよな!と笑った彼。そこにだってもう長い間行ってない。

ああ、こういう風に消えてく関係をなんていうんだっけ?


「……自然、消滅」


ぴったりと当てはまった言葉。自分で言ったくせに、その言葉に涙がこみ上げる。


「そんなの、やだ‥っ」


やだよ、そんなの。悲しいよ、こんなに好きなのに。想っているのに、まるで何もなかったかのようになるなんて、嫌だよ。溢れる涙を必死に拭い、声を押し殺す。

寂しい、もっと会いたい、なんて言ったら困るよね。困らせちゃうよね。ボタンを一つ押せばすぐ繋がるのに、声が聞けるのに、それすら出来ず。まるで祈るように両手で携帯を握りしめた。その時。

ピリリリ

突然鳴った携帯に面白いほど身体が震えてしまった。友達かな?それとも間違い電話かな?どちらにしても出られる状態ではない。相手には申し訳ないけど、鳴り止むまで待ったら携帯を切ってしまおう。そう決めての中の携帯に視線を落とせば表示された名前に目を見開く。


「も、もしもし・・っ」

『おお、名前か?』

「うん、どうしたの?びっくりした…」


飛び起きるように身体を起こし極めて元気よく、明るく声を出す。気を抜くと会いたい、と言ってしまいそうになるから、絶対そんな事言わないようにグッと胸を手で抑えつける。


「今日は練習終わったの?」

『んー、まあ…そんな感じ』

「何かあった?」

『いや、元気かなーと思ってな。』

「げ、元気だよ?」

『そっか』


はは、とあまり元気のない武の声に焦る。私変なテンションだったのかな、困らせてないかな、と色々な意味で胸が音を立てた。


「た、武は?」

『ん?』

「最近凄く活躍してるよねー、いつもテレビで見てるよ!」

『…おう、サンキュ』


嘘言った。

テレビを見るどころか、活躍する武に私はモヤモヤと酷く醜い気持ちを抱えてる。大好きなのに、大嫌いになってしまいそうな自分がもっと大嫌いで。そんな感情に追い立てられないように武の活躍を見ないようにして。

活躍を見ないようにしてるのに、頑張って欲しいと願ってる。願ってるいるのに、寂しさを感じている。勝手だ、私は。結局優先するのは自分なのかと、彼を優先出来ないのかと、そう思うと悲しくて。

こんな気持ちがばれないように。せっかく電話をくれたのだから、楽しませよう、笑わせてあげたい、そう思うのに。頑張れば頑張るほど声が震える。視界が歪む。


「テレビも新聞も、周りもみんな武に注目してて、…それって凄いことだよ!」

『…』

「遠く、感じちゃうくらい…たけしは、すごくて…」


言っては駄目。泣いては駄目。明るい話題を。必死に話題を探すのに、私の口はまるでリミッターが無くなったように、言葉が止まらなくなる。


「遠い、なあ…本当に一緒にいたのか、わからなくなっちゃうくらい、遠くて…っ」


寂しいと言ってしまう前に電話を切らなきゃ。このまま話していては駄目だ。何か嘘をついて、電話を切らなければ武を困らせてしまう。「ごめん、武…っ私、ちょっと」そう言いかけた時。


『会いたいんだ』


武の言葉に、身体が固まった。


『何て言うかさ…』

「…た、けし?」

『すごく、会いたいんだよな…名前に』

「私、だよ…?」

『名前だよ』

「チームメイトでも、監督でも、沢田くん達でもなくて、私だよ…っ?」

『ん、だから名前だって』


だめか?と続けられる言葉。だめなわけないよ、って言いたいのに言葉に出来ず、必死に首を横に振る。涙はもう止まってくれない。


『だから、』

「…いつもの公園?」

『そ、待ち合わせな』


やっと会えるね。寂しいって言っても良いのかな、困らないかな。そう思うけれど不安になる事はなくて、武なら笑って会ってくれるんじゃないかと、そう思う事ができる。

一人悩むのは、今日でおしまい。






(これからは少しずつでも)
(君に伝えていこう)




実は、もう公園

武の言葉に私はすぐに家を飛び出した。


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寂しい事を言わない二人

2007.12.xx
2015.10.16 修正