私はあなたを溢れるくらい好きになりました。

見るだけで、一緒にいるだけで。あなたと言葉を交わすその瞬間、瞬間に。文字通り言葉にして溢れてしまいそうなほど、あなたを好きになっていました。

言葉にできなかったのは私が弱虫だから。自分に自信がないから断られる結果しか予想出来なくて。

振られて変わる関係が怖い、なんて月並みな言葉を並べて結果あなたから逃げてしまいました。



「獄寺先輩‥っ」

「‥あ、?‥あ、あー‥十代目すみません、俺ちょっと‥」

「あぁ、そっか‥うん、いいよ。また後で」

「っす、また後ほど」



軽く会釈して私へと振り返る先輩にどきりとする。自分で声をかけたのに、私ってばダメだ。声をかける前の勇気が溶けたように消えている。

先輩が前にいる。言葉にしなきゃ。これが最後になってしまうかもしれないんだ。明日から私の学生生活に先輩はいないんだ。

言葉に、言葉に‥



「んだよ、呼ぶだけ呼んで黙りやがって」

「いた‥っ」



コツンと私の頭を叩いとのは先輩が手にしていた賞状筒。ぱ、っと顔をあげれば少し笑みを浮かべた先輩の顔。



「あの、先輩‥?」

「ん?」

「えっとですね‥」

「あぁ‥」

「その‥」

「‥」

「‥」

「黙るのかよっ」

「え、あ、ごめんなさい‥!」



また俯いてしまっていた顔を上げて謝る。先輩と目が合う。今度はお互いにぷぷ、と吹き出して笑った。



「私は、先輩と話すと緊張するんです!」

「嘘つけ、いつもへらへら笑ってたじゃねぇか」

「そ、それは‥!」



あなたと一緒にいる時間が



「それは、獄寺先輩と一緒にいる時間が楽しかったから‥っ」



あ、言葉にできる。

結果とか、関係とか。今まで気にしてた事がどうでもいい事だったと思えてくる。溶けた勇気が形に戻っていく。私は一体、何に怯えて、何に怖がっていたんだろう。

近くに、いるのに。こんなに。いたのに。



「私は先輩と一緒にいるのが楽しくて、いつも笑っていられました」

「‥‥」

「一緒にいると、本当に嬉しくて楽しくて‥!」

「‥‥」

「でも、私の気持ちのせいでいつも少し緊張していて、笑って誤魔化していた部分もあります‥!」



今が楽しければ、笑っていられるのなら。そうやって何度も何度も誤魔化してきた。偽ってきた。



「私は本当に、先輩と二人ですごせる時間が楽しくて嬉しくて‥‥本当に本当に‥大好きでしたっ」



何が、なんて。いまさら野暮なことは言わない。獄寺先輩は馬鹿じゃないから私が本当に何を好きだったのか、言葉にしなくたって分かってる。

わかってくれるほどの時間を、過ごしてきたんだもの。



「名前‥」

「あはは、そうやってその声で呼んでくれる人‥もう明日からはいないんですね」



明日は卒業式の片付けを在校生で行って、終業式があって、成績表にみんなで悲鳴をあげて‥‥そうして春からは獄寺先輩のいない学校生活がスタートする。

分かっている。わかっていた、なのに。



「寂しい‥寂しいです‥」



唐突に込み上げてきた感情が、私の声を震わせる。

あぁ、もう。ずっとずっと言えなかったくせに最後の最後でこんなに溢れてしまうなんて。

顔をあげていることあできなくて、俯かせた。すると、



「そんな声、出すな」



ぽん、と頭に優しい手のひらの温もり。情けない表情のまま顔をあげれば、そこにはいつも通り眉間に皺を寄せた獄寺先輩。



「お前は明日からも、いつも通りへらへら笑ってろ。そっちの方がお似合いだ」

「‥もう‥先輩は私の気持ちわからないから‥そうやって」

「もしお前がそうやって一年へらへら過ごしてたら‥来年、卒業の時にでも迎えに来てやるかもな」





(そんな約束してしまったら)
(私にとって一年なんて明日みたいなものだ)



また明日からがんばろうかな

あ、そうだ‥明日は午前だけで終了だから買い物にでも行こうかな?

一年かけて磨かなきゃ、だしね。




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三月なのでそれらしいものを
20130326