私には力がなくて、手伝えることといったら書類の整理とか雑用ぐらい。
だから肝心な時私は武の傍にいることしかできない。黙って、ただ隣に。それが凄く辛かった。
「‥‥、」
朝から振り続ける雨は夜になっても止まなくて。自然と気分も沈んでしまう。雨は決して嫌いではないけれど一人で見る雨は寂しい。武が横にいてくれないと悲しくなってしまう。
イタリアに来て初めての任務に行ってしまった武とはここ数日電話でしか声を聞いていない。
そんな武が今日、帰ってくるというからずっと待っているのだけど、いつになっても帰ってこない。武の部下の人たちはみんな帰ってきたのに、武の車だけ戻ってこない。
「たけし‥」
呟いた言葉は雨に飲まれるように消えてしまい、胸に不安だけが込み上げてきた。もう、どれだけ外にいたのか分からない。ただ手も身体も冷え切ってしまっているのだけは分かる。
「っ、」
冷えてしまった手を温めようと息を吹きかけていたら、キッと車の止まる音。
顔を上げればそこにはようやく戻ってきた武の車。現れた武の影に嬉しくなって飛び出した。
「たけし‥っ」
「‥ああ、名前」
「お帰りなさい‥っ」
「‥ただい、ま」
そう言ってニコリと微笑んでくれる武。普段なら安心してしまうはずのその笑顔に何故だか心が痛い。
「武‥どうしたの?」
「、ん?」
首を傾げてとぼけようとする武。普段の彼が明るくて朗らかなだけに何かあったときはすぐに分かってしまう。眉を下げて微笑む彼は悲しそうで、なにかあったの?と呟きながら手を伸ばした。
「‥っ、」
「、あ‥悪ぃっ」
触れることを拒まれた手。あと少しのところで振り払われてしまった手が寂しい。
「‥一人、の方がいい?」
「ちが、」
「私、それだったら部屋に戻るから‥」
一人になりたい時に干渉されることほど嫌なことはない。少しだけ寂しさは感じるけど、風邪ひかないでね、と無理やり笑顔を作り、一言だけ残して武に背を向けた。
「そうじゃ、ねえんだ‥っ」
「‥っ」
歩き出そうとすれば、突然後ろからの力に体が傾きバランスを崩してしまう。けれど私の身体は倒れることはなく、武の腕に収まった。ぎゅ、と身体に回された腕。雨に濡れて冷え切ってしまったお互いの身体には僅かな熱しか残されていない。
「あの、さ‥」
「うん‥?」
「誰かの命が消える瞬間って、あんな感じなんだな、って‥っ」
俺の手が一人の人間の人生を終わらせた、と震える声で呟く武に私はかけてあげられる言葉が見つからない。何か言ってあげたいのに、何を言えばいいのか分からない。震える彼の腕に自分の手を添えることしか出来ない。
「たけ、し‥」
「でも、俺はこれから‥そういう瞬間を繰り返してく」
「‥っ、」
身体を反転させると彼の頬へと手を伸ばす。今度は振り払われることなく受け入れられた手に温かい雫が降った。
「たけし、」
「‥っ」
「泣か、ないで‥」
本当は、もっとうまく言ってあげられたらいいのに。もっと元気に・・笑顔になれるような言葉をかけてあげられたらいのに。だけど普段の彼からは想像できないほど悲痛な表情を浮かべる武に、私は単純な言葉しか出てこない。
「泣かないで、」
「名前‥」
「わたし、一緒にいるから‥っ」
ごめんね、こんな事しか出来ない無力な奴で。それでも、傍にいるから。
切ないのが無くなるまで、武の傍にいるから。
だから泣かないで
(そばにいるから、) (一緒に背負うから)
辛そうな顔をしないで。武が辛いと私も辛いから。
どうか悲しまないで。武が悲しいと私はもっと悲しいから。
2008.12.29
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