私は臆病でとても弱い人間です。口下手で大事なことはいつも口に出来ません。肝心なところで勇気も出せず、気持ちを押し殺す。これはもしかしたら臆病とか弱いとかそれ以前の問題なのかもしれないけど。でも私がそういう人間だって知っています。知っていました。今まで変えられませんでした。

でも昨日、私は変わりました。



「わ、わたし‥こ、ここ、古里くんの物静かなところとか、傷だらけでもやり返さないで耐える平和主義者なところとか、あの、いいと思います‥!う、うまく言えないけど‥すごく好きです‥!」



変わりました。変わった私は、私の大好きな人に自分の気持ちを精一杯伝えました。そして、



「あ、あの、それだけ、です‥‥っ‥失礼します‥!」



逃げました。

最低です。最悪です。彼が転校してきたあの日からずっと惹かれて、目で追いかけて、目で追いかける日々を続ける自分を叱咤して、やっと、やっと伝えることが出来たのに。なのにその場から逃走するなんて‥!



「逃げるなんて、告白以前に‥人として、イメージが‥‥」



一人ぶつぶつ呟きながら歩く学校までの道程が重い。とてつもなく重い。一歩踏み出すのさえ辛い。

きっと昨日の一件で古里くんの中の私のイメージは地に落ちました。元々あまり話したこともなく‥あまり、どころか全然話したことが無くて‥彼の中の私のイメージなんて普通より下ぐらいだったかも知れないのに‥。

変な奴、不審な奴。それぐらいだったらいいけど、もし気持ち悪いと思われてしまったら。‥想像するだけで泣きたくなる。



「‥‥帰ろう、かな‥」

「‥おはよう」

「ふわひ‥!?」

「ふわひ?」

「こ、古里くん‥!」



驚いて振り返るとそこには赤い目に赤い髪。気付かなかった。気配すら感じなかった。あまりにも突然。なのに彼を目にした途端、私の顔は熱くなる。泣きそうなのに顔が熱い。なにか言葉にしようと口を動かすけど、上手い言葉が出てこなくて、今の私は魚のように口をパクパクさせるだけ。



「‥帰るの?」

「え、あ‥い、言ってみただけ、です‥」

「そう」

「‥」



沈黙。チラリと古里くんを盗み見るけどぼんやりと視線を彷徨わせてるだけで、今なにを考えてるのか、読み取ることが出来ない。私も私で言葉が見つからない。

こういうときに限って古里くんの友達が誰も一緒じゃないなんて‥!沢田くん来ないかな‥!それで古里くんと二人で先に学校行ってくれないかな‥!私は時間ぎりぎりにこっそりと教室に入りますから‥!



「あのさ‥昨日のことなんだけど」



ですよね、そうですよね。昨日の話題になりますよね。あの出来事を無かったことになんてできるわけないですよね。私終わりました。もう駄目です。ここで断られて、それどころか拒否されて終わりです。

帰ろう。私、家に帰ってベッドに戻ろう。そして泣こう。そうしましょう。そうします。



「なんか、嬉しかった」

「‥ごめんなさい‥昨日の、は‥‥え?」

「驚いたけど、でも嬉しかった。暗いだけの性格を物静かって言ってくれたり、殴られてばかりで正直情けないとこも平和主義者って見てくれたり」

「あの、え、っと‥」

「そんな風に言われたの‥初めてだったから‥」



そう言って私と一瞬目を合わせてまた逸らす古里くん。どこか照れくささを押し殺したその表情に私の顔がさっきよりも赤くなる。

また沈黙。でもさっきの沈黙とは違う。チラリと古里くんを盗み見る。目が合う。二人同時に視線を逸らす。顔が熱くなる。また沈黙する。それの繰り返し。しばらくお互いにそれを繰り返して、先に口を開いたのは古里くん。



「‥苗字さんとは、話したことなかったけど‥‥話したことないのに、僕を否定しないで肯定してくれたこと、嬉しかったよ、すごく」



それだけ言うと彼は私を追い越して歩き出す。どうすればいいのか分からず、立ち止まったままでいると古里くんは数歩歩いてから振り返って不思議そうな顔をした。



「行かないの?」

「‥え?」

「学校。遅刻しちゃうよ」

「え、あ‥」

「行こうよ、一緒に」



また少しぼんやりと視線を彷徨わせる古里くん。表情は読み取れない。でも、もしその少しの仕草が、わずかな視線の揺れ動きが。彼の照れ隠しだとしたら。



「い、行きます‥っ‥一緒に!」



それは、まだ今の私には読み取れない領域のほんの少しの変化だけど。

これから一緒に過ごしていくことができたなら。


臆病で弱い私が、顔を上げることができた。本当に昨日の出来ことが私を変えたんだ。私が私を変えたんだ。まだ古里くんの隣りを、ぎこちない距離を空けて歩くことしか出来ない私だけど。そんな風に思えた。

学校へ向かう足取りは羽が生えたように軽くなった。








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(はじまりの一歩)




否定しないで肯定してくれたことが嬉しかったんだ。‥‥あと、これは言えなかったけど、あの時苗字さんが言った

う、うまく言えないけど‥すごく好きです‥!

うまく言えない、何てこと無いよ。すごく真っ直ぐ伝えてくれた。

真っ直ぐ向けられたその感情に、言葉に。たった一瞬で心ごと持ってかれてしまったような、そんな気持ちになったんだ。



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実際は心ごと持っていかれてるんですが。
はじまりの一歩、なのでそれを自覚するのは当分先ということで。

初炎真でした。
偽者ごめんなさい…炎真くんはきっとあまり表情に出ない子だろう、という私の妄想。

20111219