転んだ。
別に何もないところで転んだわけじゃない。道の段差に少し足を取られただけで、私の運動神経が鈍いとかそういうことじゃない。決して違う。だって私運動神経いいもん。たぶん。きっと。うん。
自分に自分でそんな言い訳をしながら転んだままの状態で顔を上げると金髪の私の彼氏と目があった。パチパチと瞬きをして、呆然と私のことを見下ろしたあと、ぷっと小さく吹き出して肩を震わせ笑い始めた。
何だかすこし、ムッとした。
「・・彼女が転んだのに笑うなんて酷い、傷ついた」
「ははっ、悪い悪い。いや何かあまりに唐突に転んだから笑っちまって」
「転ぶタイミングなんて人それぞれだから、はい!今から私転びます!・・なんて言う人いないと思う」
「それはそうなんだけどさ、名前って他と比べるとしっかりしてる方だと思ってたからさ」
「しっかりしてる人が転ばないなんて誰が決めたのー、ふん」
「そう拗ねるなよ」
「拗ねてないし、私全然拗ねてないし、笑われて傷ついただけだし」
この微妙に蒸し暑いなかで何をしてるんだろう私は。コンクリートが暑い。服を通して皮膚がじりじりする。暑い、っていうか熱い。立ち上がればいいことなんだけど、立ち上がることができないのは笑われたことがほんの少しだけ悔しくて恥ずかしいから。
・・いや、別に拗ねてるわけじゃないし。全然拗ねてないし。拗ねる?何それ美味しいの?大体私が起き上がらないのだって、この蒸し暑いコンクリートが気持ちいいからだし。別に拗ねてディーノのこと困らせてやろうなんて思ってないし。
「あー、コンクリートが熱くて気持ちいいー」
「名前、汗かいてるぜ」
「るっさいのッ」
寝転んだままギリッと睨みつけると、見えるのは彼の笑顔。なんだなんだ、その笑顔は。ちょっとカッコイイなあ・・・・とか、そんなこと全然思ってないから。米粒ほども思ってないから。ふんだ。
「大体私、他と比べてしっかりなんてしてないもん。ただちょっとだけ冷めてるっていうか、乾燥してるだけだもん」
「それ自分で言っちゃうのか」
「言うよ。私なんて乾燥し切った干物だよ。干物。あー、きっとこのままなら私本当の干物になれる気がするわー」
「はいはい分かったから、そろそろ立とうな?」
「おぉふ」
「何だその声」
まるで子供を抱えるように抱き上げられ、コンクリートと身体の間に風が通る。熱いコンクリートに倒れていたせいで生ぬるいはずの風がすごく冷たいものに感じた。あと少しで干物になれたのに。
「何か今日暑いし、帰ってアイスでも食うか」
「そんなので私のご機嫌を取ろうなんて・・」
「笑ったお詫びにいつもより高いアイス二つ買ってやる」
「・・ま、まあ、食べてあげないこともない」
「名前、顔がすげー嬉しそう」
「う、うるさい!」
身体を抱き上げられたまま再び彼を睨みつければ相変わらずの笑顔で。そのなんとも言えない・・・・あえて言うならかっこいいその笑顔に私は口をモゴモゴさせてしまった。
ころんだ
(でも君がいたから) (別に痛くはなかった)
今度はディーノが足元の段差に足を取られて二人で転んだ。
なんだか今日はあと三回転ぶ気がした。
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