明日も来る、と言った綱吉さんの言葉は本当で、宣言通りにお店に来た彼。

まさか本当に来るとは思っていなかったので(少しは期待していたけど)私は驚きのあまり再びカップを落としてしまった。



「あーあ‥」

「またやってしまいました‥!」




足元に散らばるカップの傍に膝をつき、自分の情けなさに泣きたくなる気持ちを精一杯抑えて掃除を始める。

今週に入ってもう何個目か。考えるだけで気が遠くなる。

マスターを恐る恐る見上げると、少しだけ困ったように微笑むマスターに泣きそうになった。




「わ、私買ってきます…!」




割れたカップを新聞紙に包みぱっ、と立ち上がると身に付けていたエプロンを外した。




「いや、まだカップはあるから大丈夫だよ。」

「だ、だめです・・っ」




こんなに沢山のカップを割ってしまったのに、いつまでもマスターの言葉に甘えてる訳にはいかない。

エプロンを畳んで片付けながらカバンを取りにいく。お財布にお金は入っているし、特に生活が苦しくなるって訳でもない。

ただ一つ残念なのは、折角来てくれた綱吉さんとお話が出来ないこと。




「じゃあ、私ちょっといってきますねっ」

「名前ちゃん、それならお金を」

「だめです、それじゃあ意味ないです・・!」




そうかい、と言って諦めたように笑うマスターに安堵の息を吐いた。

そして、その流れで立っていた綱吉さんにも挨拶をする。




「えと、いってきます・・」



たぶん、私は今凄く残念そうな顔をしてると思う。

だって話せる時なんて限られているのに、その時間を自分から潰してしまったのだから。

もしかしたら私が帰ってきた時に綱吉さんは帰っているかもしれないと思うと、やっぱり残念だった。




「あぁ、そうだデーチモ。」

「何ですか?」

「一緒に行かれてはいかがですか?」

「はぃ・・!?」




マスターの提案に返事をしてしまったのは綱吉さんではなく私。

まさか、そんな提案をマスターがするなんて思わなかったし、それは嬉しいやら何やら複雑な気分。

だってマスターの笑顔がどことなく楽しそうだし…。




「きっとデーチモもここでコーヒーなんか飲んでいるより、そっちの方がずっと楽しいでしょう?」

「そう、ですね・・名前を一人にさせるのも心配なので、」




「少しいってきます」と、穏やかに笑う綱吉さんとマスターに一人ついていけない私。

あの、もう決定なんですか?なんて聞くことも出来ず、あわあわとしていた。




「さ、行こうか。」




そう言って私の手を取って歩き出す綱吉さんに私は曖昧な返事をしながらついて行く。



「デーチモ」



マスターの声に二人で振り返る。



「伝えるのは早い方がいい」

「‥っ」

「‥?」

「その子は、その子なら大丈夫です。」

「私?」



マスターの視線は私に向いているし、なんとなく自分を指差して首を傾げた。



「辛くなるのはデーチモあなたです」

「‥わかっています」

「彼女なら、聞いてくれますよ」

「そうであってほしい、と俺も願うばかりです‥」



微笑むマスターとどことなく真剣な顔をした綱吉さんの会話を私は理解が出来ず首を傾げることしか出来なかった。




「あの、」

「ん?」



私の手を掴んだまま隣を歩く綱吉さんを見上げて声をかけると、穏やかな笑みを浮かべたままこちらに視線をくれる。

さっきのマスターとの会話を聞くに聞けなくて口ごもってしまう。



「えっと、その」

「なに、どうかした?」



笑いを含んだ声で先を促す綱吉さん。



「あの、凄く不謹慎なことを言っても良いですか・・?」

「別にいいよ」

「こうやって二人でお出掛けできるの、すごく嬉しいです」



正直な話、話題が見つからなかった。だから素直に自分の気持ちを伝えた。

たぶん顔は複雑な顔をしているかもしれないし、嬉しそうに笑っているかもしれない。自分でも分からない。けれど。




「それ、俺も一緒」




と、小さく笑いながら言ってくれた綱吉さんに、私はもっと嬉しくなって、頬は力を失くし緩んでしまった。









結局カップは派手すぎず質素すぎずな物を五組ほど購入して紙袋へと入れてもらった。

値段もそこまで高くなかったし逆にこのデザインでこの値段?と思ってしまうもので助かったといえば助かった。




「綱吉さんっ」

「いいものあった?」

「はいっ、バッチリです」



お店の外で待っていてくれた綱吉さんに紙袋を見せた。



「じゃ、行こうか」

「はい、ってあれ?」




歩き出した方向はお店とは反対の方向。あれ、と早足で綱吉さんの背中を追いかけてスーツの裾をそっと掴む。



「反対方向、ですよ?」

「知ってる」

「あの、どこへ?」



首を傾げてそう聞けば綱吉さんは小さく笑みを零してスーツを掴んでいた私の手を解く。



「寄り道しよう、」

「え、」

「少しだけ名前の時間を俺に頂戴?」



そう言われて手を握られれば答えは頭の中で一つしか出なくて。熱い顔を隠す事もせずコクリと頷く自分がいた。

どこか目的がないのか、ただゆっくりとした速さで歩く綱吉さんの横を、手を引かれるまま歩く。

半歩後ろから綱吉さんの表情を見ればその瞳はどこか遠くを見ていて、心がここにない気がして不安になった。




「名前・・?」

「あ、ごめんなさいっ」




不安に駆られたせいか、気付けば握る手に力を入れてしまっていて、慌てて手を解こうとしたけれど綱吉さんが離してくれない。




「いい、大丈夫。だから手は離さないでほしい。」

「綱吉さん、」

「ん?」




なに?と続ける綱吉さんは相変わらず優しい眼差しを私に向けてくれる。でもすごく胸に何かがつっかえた様な違和感。




「いま、どこを見ていましたか?」

「・・、」

「何を考えていたんですか?」




遠くを見る綱吉さんの目。心がここには無かった。どこか遠くへ馳せているような。そんな目をしていた。

そしてその目は初めて会ったときの目と凄く似ていた。

どうしてもっと早く気付いてあげられなかったんだろう。二人でのお出掛けに浮かれていた自分が恥ずかしい。




「お前と・・名前と一緒に、いたい」

「え、」

「だから、話さなきゃって思う・・でも同時に話すことが凄く怖いんだ」

「綱吉さん・・?」

「怖い思いをさせるかもしれない・・」




何を言いたいんですか?どうしてそんなに辛そうなんですか?心の中で何度も何度も問いかける。




「怖い、ですか?」

「・・、」

「私は、こうして手を繋いでいるのに綱吉さんが遠くにいるみたいで、怖いです」

「名前・・」




少しだけ手に力を入れる。こんなにも綱吉さんは近くにいるのに心が遠い、それが凄く凄く寂しい。




「私、ちゃんと聞きますから・・」




だから話してください、と言葉を続ければ綱吉さんの瞳は一瞬だけ揺れたあと、今度はしっかりと私を捉えた。




近く遠い、空
(遠い、なんて嫌だから)
(もっと近くにいたいから)


だから話してください

私は怖い思いなんてしないから