恋、しました。
言ってしまえばこの一言で終わるものなんだけど、私の心はその一言で片付いてしまうほど単純なものじゃなくて。
気付けば私の胸の中は綱吉さんで一杯になって、自然と視線がお店のドアへと向かってしまうんだ。
「あの・・マスター、」
「ん?」
「ごめんなさい・・っ」
「良いよ、気にしなくて」
ニッコリと笑ってくれるマスターに感じる罪悪感。
お昼時を過ぎたこの時間。お客様が居なくて良かった、と安堵の溜息を吐いた。
私が謝っていた理由は足元に散らばるティーカップのせい。
あの日、突然の再会をした日から私は沢山ミスをするようになってしまった。
例えば、砂糖を詰めるはずのビンに塩を詰めていたり、バニラエッセンスとサラダ油を間違えたり。
酷い時はお客様にコーヒーをかけてしまった事もある。
幸いアイスコーヒーでお客様も火傷はしなかったし、常連さんだったので笑って許してくれた。
マスターには断られたけど、洋服の代金は私のバイト代から引いてもらった。
「ごめんなさい・・」
ポツリと再び謝れば、マスターはニッコリと笑い軽く頭に手を置いた。
「失敗は誰にでもある、特に今の名前ちゃんじゃ仕方ないよ」
「ぇ、」
今の私、
その言葉に顔を上げればマスターは何も言わず、穏やかに笑うと割れたカップを片付けに行ってしまった。
マスターは何も言わないけど、私の心境の変化に気付いているとしか思えない笑みをいつも浮かべる。
「はぁ、」
自分の失態に思わず溜息を吐いてしまった。
失敗をするのはこのお店だけの話では無い。
学校でも面白いぐらいに簡単なミスを繰り返してしまったり、気付けば上の空になっていたり、と失敗のパレード状態。
そして、いつも頭の中に浮かぶのはあの人のこと。
カランカラン
「名前」
「つ、綱吉さん・・!」
ベルの音に振り返ると、お店に入って来たのはいつも通りの黒のスーツを着た綱吉さん。
また私の心臓が速く鳴りだした。
「昨日は来れなくてごめん」
「そんな、謝らないでくださいっ。綱吉さん、ほとんど毎日来てくださってますし・・!」
あの日、私に会いに来る、と言ってくれた日から綱吉さんは毎日ここに通ってくれている。
来れなかった、と言うのは今となっては稀なことでほとんど毎日綱吉さんとはお店で顔を合わせている。
私としてはすごく嬉しいこと、なんだけど・・会うたびに私の失敗の数が増えていくのはもう気のせいじゃない。
「エスプレッソ、お願いしても良い?」
「あ、はいっ・・!」
自分の失敗の数々を思い返して頭を悩ませていると、綱吉さんはとっくに席についていたので慌てて返事をした。
「・・で、でも少し待っててくれますか?」
「何かあった?」
「あ、いえ・・その、マスターが今ゴミを捨てに行ってて・・」
「ゴミ?」
「・・私がカップを割ってしまい、まして・・」
恥ずかしくて熱くなる顔を隠すように俯きながら返答した。
「名前が割ったの?」
「・・はい、」
恥ずかしさのあまり声が小さくなった。
すると「ぷ」と小さく吹き出す声。
「可愛いミス、」
「ぇ、」
「俺は名前らしくて可愛いと思うけど」
「なっ、」
驚いて顔を上げれば穏やかで優しい笑みを浮かべる綱吉さん。
可愛い、なんて真正面から言われたのは初めてで先程よりも顔が熱くなった。
「ん?」
「そ、そんなこと、言われたの初めてだったので・・っ」
恋、とはつくづく恐ろしいと思う。
友人だったら笑いながら返せる言葉も、片想いの相手となると上手くいかない。
「そっか、良かった」
「え、」
良かった?と綱吉さんの顔を見れば肘を突いて楽しそうに笑う綱吉さん。
「俺以外に、こんなことを名前に言う奴がいたらどうしてやろうかと思った」
「どうしてやろうか」と言う言葉が頭に引っ掛かりつつも再び顔を俯かせる。
本当に綱吉さんは返答に困ることを簡単に言う人だ。そして、そんな綱吉さんの言葉にあたふたする私も困ったものだと思う。
「そうか、いないのか」
「・・はい、残念ながら」
「いや、俺としてはこの上ないチャンスだけど」
「え・・?」
「だから少し安心?」
そう言って僅かに笑みを浮かべる綱吉さんはすごく妖艶に見えて、私は言葉を返すことが出来ず視線を彷徨わせた。
「おや、デーチモ。今日も来られていたのですか?」
「マスター・・!」
「こんにちは、マスター」
なんともいえない空気だったところに帰ってきてくれたマスターを、救世主のごとく見つめる私と、椅子から立ち上がり背筋を正すとマスターに挨拶する綱吉さん。
「マスター、綱吉さんはエスプレッソが飲みたいようですっ」
「あぁ、いつものやつか」
「わ、私は厨房の片付けに行ってきますね・・!」
用件だけ伝えると私は足早にその場を離れようとした。
「名前」
「え、」
突然腕を掴まれ、反動と共に振り返れば綱吉さんの笑顔。
「明日も来る」
「・・あ、明日ですか?」
「そう、だからいろよ?」
「・・!」
命令形の言葉と、少しだけ意地の悪い笑みに、多分私は耳まで赤くなっていると思う。
それほどまでに顔が熱い。
「・・し、失礼しますっ」
耐え切れず逃げるように厨房へと私は逃げていった。
「デーチモ」
「はい?」
「あまり彼女を虐めないでやってくださいね」
「可愛くて、つい」
そう言って楽しそうに笑う彼に、マスターは何も返す事ができなかった。
恋した空は、 (大き過ぎて) (傍にいると恥ずかしくてたまらない)
それでも、
また会える事に自然と頬が緩む私がいた。
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