「パイ、タルト‥うーん、ここは思い切ってケーキ?‥でも私なんかがマスターの腕に適うわけないし‥っ!」
やっぱりどこか美味しいお店で見繕った方がいいのかな、なんて頭を悩ませる。
マスターへのお礼ってこんなに悩むものだったんだと改めて思い知る。お菓子を作ろうかと思ったけど、私はお菓子作りなんてほとんど未経験。美味しく作れる自信もなければ、作れたところでマスターよりも劣るのは当たり前。
大切なのは気持ちだと言うけど、それでも私としてはマスターが驚くようなものを作ってあげたい。
「いっそ作る、っていう概念から離れようかな‥」
何かカップとか買ってもいいわけだし‥。少し奮発してアンティークのものとか!‥‥あ、だめだ私にはそんな余裕ない‥。それにカップだったらマスターは腐るほど持ってるじゃない!
ルシオ君に相談しようにも彼はいま近くにいないし、私だって学校じゃなく街中。お礼自体を明日に引き伸ばすことだって出来る。だけど、やっぱりお礼は早い方がいいと思う。
うーん‥もう一度頭を悩ませた。
「そこの方は日本の方かしら?」
「え、あ‥わ、私ですか‥!?」
びっくりして振り返れば、そこには少しだけ年配で東洋の顔立ちをした女性が立っていた。黒のエプロンをつけたこの人は、どこかのお店の人だろうか?
何にしても日本人に会うことなんて滅多にないから、驚きの中に少しの嬉しさが生まれた。
「あら、驚かせてしまったかしら?」
「い、いえ‥そんなことは‥!」
「ごめんなさいね、さっきからあなたの独り言が日本語のようだったから、つい」
「え!?私、独り言‥!」
慌てて自分の口を両手で塞ぐと、目の前の女性はおかしそうに笑った。
うわあ、一人とはいえ街中で独り言なんて‥恥ずかしい!
「誰かへのプレゼント?」
「あ、はい‥普段お世話になってるお店のマスターに‥」
「私に協力させてくれないかしら?」
「え?」
「久しぶりに日本の人に会えたんだもの、なにかお手伝いしたい気分なの」
「ね?」と首を傾げる女性の提案を断ることが出来ず、ゆっくりと頷いて見せれば女性は嬉しそうに笑って歩き出す。訳が分からずその場に立ち尽くしていたら女性は振り返り「付いて来て。お店、近くなの」と微笑んだ。
どこに行くつもりなのか私にはまったく検討もつかないけれど、悪い人ではなさそうだし‥何より私も街中で日本の人に会えたのが嬉しかったので、大人しくついていくことにした。
「ここよ」
「お花、屋さん‥?」
「ええ、私と主人の店なの」
「はあ‥ご主人との‥‥え、このお店が!?」
「そうよー、主人とは国際結婚なの」
そう言ってから「改めて、いらっしゃいませ」と微笑む女性に私は呆然とお店を見上げる。そっか黒いエプロンはお花のお仕事で洋服が汚れないために‥。
国際結婚なんて別に珍しいものじゃないし、結婚してから海外に住んでる人だってたくさんいるっていうのは聞いてたけ、正直お店を経営してる人ははじめて見た。
「それじゃあ早速だけど、贈り物をする相手の方は年配の方?」
「あ、はい‥」
「伝えたい気持ちは何かしら?」
「えっと、いつもお世話になっていて‥ついこの間、私の一番大切な時にも助けてくれて‥」
「ということは、日頃のお礼ね!ちょっとだけ待っててくれるかしら?」
「はい」
頷くと「今日、可愛いお花を入荷したのよ」と嬉しそうに呟きながらお店の奥に入っていく女性。その場に一人取り残された私はなんとなく店内をぐるりと見回した。
大きなアンティーク調陶器鉢に飾られた花もあれば、小さなプランターに飾られた花もある。色はどれも鮮やかで、みんな元気に上を向いている。普段はお花とかじっくり見る機会もなかったし、家にも飾ってない。そのせいか、なんだか自分の周りに広がるものがすごく珍しいものに見えた。
「あ‥」
一輪、ふと目に付いた花に近寄るとその場にしゃがみ込む。
白のプランターに咲いたオレンジの花。なんていう名前なのかは分からないけど、穏やかで明るいオレンジが、どこか綱吉さんのことを連想させた。
青空のようなスカイブルーも似合うけど、夕暮れの空みたいな優しげな眼差しとか穏やかな空気を持つ彼はこのオレンジ色のような暖かい色が似合っていると思う。‥たまに強引なところもあったりするけど。
綱吉さんのことを思い出すとなんだか嬉しいような楽しいような感覚がして、つい一人で笑ってしまった。
「あら?どうかした?」
「あ、いえ、なんでも‥!」
ぱっ、と花から視線を上げ奥から戻ってきた女性を見上げれば、その手には藤色をした小さな花があった。
「あの、そのお花は‥?」
「ベルフラワー」
「え?」
「このお花の名前よ。和名では確か風鈴草。乙女桔梗、って呼ぶ人もいるかしら」
「小さくて可愛いですね」
「でしょう?年配の方なら藤色みたいなあまり派出じゃない色が好ましいと思うし、それにね」
「?」
「花言葉は感謝。‥ね?ぴったりでしょう?」
にこ、と微笑む女性に花を手渡され受け取る。小さな鉢に入った藤色の花はそろそろ満開の時期なのだろうか、上から見ると鉢まで多い尽くす花の数で、まるで紫のボールのようだ。
これなら店内に置けなくても店外におくこともできるし、小さいからマスターの邪魔にもならないだろう。
「私、これにします」
「あら?本当?」
「はい、マスターもきっと喜んでくれると思うので!」
「ふふ、嬉しいわあ」
「えっと、おいくらですか?」
「お代はいらないわ」
「‥え?」
鉢植えを置いてお財布を取り出そうとすれば女性からの一言。驚いて顔を上げるとそこには変わらず微笑む女性。
「そ、そんな、ダメです‥!」
「協力したいって言ったのは私よ?」
「でも、」
「いいの、久しぶりに日本の人と会えたことも嬉しかったから」
「だからお代はいりません」ときっぱり言われてしまい、私はお財布から手を離すとありがとうございます、と深く頭を下げた。
「いいのよ、気にしないで。あ、そうだ!」
「?」
鉢植えにリボンを付け終わると女性は思い出したように声を上げ、さっき私が見つめていたオレンジの花が咲いた鉢植えを手に取ると私へと差し出した。
「ついで、と言ったらあれだけど、このお花も貰ってくれないかしら?」
「え‥え!?」
「さっきこのお花を見てるあなたの表情が、とても幸せそうだったから」
「も、貰うなんてダメです!」
「あら、どうして?このお花嫌い?」
「いえ、そのお花は買いたくなるほど気に入りましたが‥!」
「だったらいいじゃない」
「でも、さっきのお花も貰ってしまったのに、そのお花までなんて‥!」
いくらなんでもだめです!そのお花はちゃんと買わせていただきます!と私がきっぱり言い切れば、女性は何かを考えるように手を口元に添えた。しばらく視線を彷徨わせたあと、何か思いついたのか嬉しそうに笑い口を開いた。
「じゃあお代はいただくわ」
「はい!」
「このお花を見てた時にあなたが思い浮かべた人と結ばれてください!」
「はい!?」
意味が分からず瞬きを繰り返す私を他所に、女性は「お買い上げありがとうございまーす」と嬉しそうに言いながらオレンジのお花が咲いた鉢植えの梱包を始める。
「あ、あの‥!」
「あなたがこのお花を見つめてた時ね、なんだか昔の私を見てるような気分になったの」
「え‥?」
「だって、あんなに幸せそうに微笑むんだもの。そういう人に貰ってほしいわ」
「でも、」
「さっきのお花が私の協力なら、このお花は私の気まぐれ」
「それなら問題ないでしょう?」と悪戯が成功した子供のように笑う女性。それでも私は素直にお花を受け取ることが出来ず少々渋っていると、女性は「結ばれる自信が無いのかしら?」と笑いながら言って私へと花を差し出した。
どうにも引いてくれそうに無い花屋の女性に私はどこか諦めたような笑みを浮かべると「がんばります」と呟いてオレンジの花を受け取った。
ただの気まぐれ
(偶然であったお花屋さんの) (ただの気まぐれ)
満開になった藤色の花はカウンターの端に飾られ
オレンジの花は私の部屋の窓辺に飾られることになった
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