「・・」



ちょっと待って。待って、お願い待って。いや待って。

とりあえず頭を落ち着かせたくて何か冷たいものを探すけれどあるわけない。

というかここは一体どこ?私の家じゃないよね。だってこんなに天井高くないし、ベッドだってふかふかじゃない。

そして何より・・!



「・・ん・・」

「・・っ!」



綱吉さんと一緒のベッドに寝てるなんて、夢じゃない限りありえない・・!

ああ、だけどこれは現実。

綱吉さんはまだ寝てるみたいだけど・・なんで!?あれ?私昨日なにしたんだっけ?確かマスターと一緒に綱吉さんに会いに来て、獄寺さんと山本さんという綱吉さんの知り合いに会って、それから獄寺さんが私を案内してくれて・・!

必死に記憶を辿るけど、最後はどうしても綱吉さんに泣きつく私。どうしてそこからこの状況になったのか分からない。


マスターはどこにいるんだろう?それに私、今日学校があるのに・・いま何時なんだろう?

うーん、うーん、と悩んでいても仕方ない。まずはここから抜け出して、状況の確認をしなきゃ・・!


そう決めると寝ている綱吉さんを起こさないように、そっと腕の中から抜け出そうとした。




「・・え?・・・・ひゃ!?」




あと少し、と言うところで突然お腹に回された腕が私をベッドの中へと引きずり戻す。

びっくりして顔を上げればすぐ近くに綱吉さんの顔があって、とっさに顔を逸らした。

心臓がうるさくて、顔が熱い。どうすればいいのか分からない。

起こした方がいいのかな?だけど疲れてたら可哀想だし・・それより私なにかしちゃったのかな?綱吉さんがそばにいるのは嬉しいけど・・!

だけど嫁入り前の娘が男の人のところにお泊りなんて、日本にいるお父さんとお母さんになんて言えばいいんだろう・・!



「・・ぷ、くく・・っ」

「え?」



どうしようどうしよう、と悩んでいたら後ろから笑いを噛み締める声。回された腕も少し震えてるように見える。




「も、もしかして起きてるんですか・・!?」

「いや寝てるよ」

「お、起きてるじゃないですか!言ってくれればよかったのに・・!」

「一人で百面相してる名前を見てるのが楽しくて」

「な・・!」




いつから起きてたんだろう・・!

まだ笑い続ける綱吉さんに、私は恥ずかしくてお腹に回された腕を掴む。




「放してくださいー・・!」

「やだ」

「もう!綱吉さん!」

「やだ、放さない」




まるで子供のように呟くと回された腕に力が入る。それと同時に綱吉さんと身体が密着して、さらに顔が熱くなったのが分かった。




「ふ、ふざけないでください・・!」

「ふざけてない」

「だから・・!」

「俺は、ふざけてない」




耳元で響いた声に、腕の中から抜け出そうと抵抗していた手が止まる。優しい響きだけど、どこか真剣な声。




「放れたいって言っても、放さない」

「・・っ」

「絶対、離さない」




恥ずかしい、だけどそれ以上に泣いてしまいそうになる。

私がここに来た理由。その全てがいまの言葉の中にある。

あの日、綱吉さんが全てを話して私の目の前から姿を消してしまった日。さようならと言われて、現れないと告げられて私の中に残ったのは後悔だけだった。

引き止められなかったこと、何も言えなかったこと、受け止められなかったこと。全てに後悔した。

けど、一つずつ消えていく。綱吉さんの言葉が、その答えが、心の中にあった後悔を昇華していってくれる。




「いなくなる、なんてもう言わない・・俺はここにいるから」

「・・」

「ごめん、俺言ってることが矛盾だらけだよな・・だけどちゃんと言っておきたかったんだ、だから」

「・・」

「・・名前?」

「・・」

「泣いて、るのか?」




ギシ、とベッドが軋む音。不安げな声を漏らした綱吉さんが私の顔を覗き込もうと身を乗り出したのが分かって、私は慌てて近くにあった毛布を引っ張って顔を覆った。




「み、見ないでください・・っ。私いま絶対に変な顔してます・・!」

「変な顔?」

「嬉しくて笑いたいのか、嬉しくて泣きたいのか分からなくて・・っ。顔も熱いし絶対に見ちゃダメです・・!」




毛布の中が熱い。顔も目も熱い。頬は緩みそうになるのに、同時に涙腺まで緩んでしまいそうになるから困る。

歯を軽く食いしばって必死に涙がこぼれないように堪えてるから、上手く笑うことも出来ない。もうこの状態が恥ずかしい。

本当、絶対に変な顔してる。




「そっか・・まあ泣いてないならいいよ。よかった」

「だから、もう、そういうこと言われると・・!」

「泣きそう?」

「泣いてませんー・・!」




毛布を顔に押し当てて声を上げる。私のすぐ後ろで「はいはい」と笑いを含んだ声で言う綱吉さんに対し、どこか悔しい気持ちを感じてしまう。

再びお腹に回された綱吉さんの腕が不意に強くなった。苦しくない程度に抱きしめてくれるその腕。


泣くよりも、笑うよりも、恥ずかしいの方が大きいみたい・・。








(黒くよどんでいた空は)
(もうない)




起きたい私と、まだ眠っていたい綱吉さん

時間も気になるし学校のこともあるんだけど

「もう少しだけ」という綱吉さんの言葉に私が勝てるはずもなく


回された腕はそのままに、二人揃って再び眠りについてしまった