俺はとてもくだらないことで長い間悩んでいた気がする。
俺の隣りで眠っている名前を見てそう思った。
突然俺に会いに来たかと思えば、自分の感情を全てさらけ出し泣き出して、俺の言葉に安心したのか、気付いたらすっかり眠ってしまっていた彼女。
部屋に備え付けられたベッドへと寝かせれば本格的に寝てしまったのか、繰り返される呼吸に静かに笑みを浮かべる。
「ったく、無防備すぎるぞ・・」
つん、と頬を人差し指で押してみると彼女は「んぅ・・」と言って眉間に皺を寄せる。
本当に無防備だ。俺だったから良かったようなものの、相手が俺じゃなかったらと考えると背中が寒くなる。
少しだけ疲れた顔をしている名前の顔。学校の帰りにそのままここへ来たのかもしれないけど、それだけじゃなくて。ここ最近あまり寝ていなかったのか少しだけ目の下に隈が出来ている。
もう外は真っ暗だ。きっと名前は朝になるまで起きないだろう。それに、このまま起こさずに寝かせておいてあげたい。
畳まれていた毛布を引っ張り出し、彼女の身体にかけてあげた。
「十代目、今よろしいですか?」
「ああ、隼人か・・いいよ」
名前の髪の毛に絡めていた指を外し、静かに部屋に入ってきた隼人に視線を移す。
「すみません、お休みの所を・・!」
「いや俺は寝てないよ、寝たのは名前だけ」
「・・は?」
「何か泣き疲れたのか寝ちゃった」
「・・子供ですか、コイツは」
呆れたような隼人の声を聞きながら俺も苦笑いを浮かべ、毛布を掛け直してやる。そのまま二、三度頭を撫でてやれば、名前は口元に笑みを浮かべる。俺より年下ということを差し引いても、本当に子供みたいだ。
「マスターは?」
「店の方を放っておけないそうで、今日はお帰りになられました。十代目に言伝で、明日コイツを送り返してくれ、と」
「そうか・・分かった」
名前を置いて帰るなんて、やっぱりあの人には何でもお見通しなのか。俺が彼女を付き返すとは思わなかったんだろうか?それとも付き返すはずがない、という確信でもあったのか。
どちらにせよ、マスターは侮れない。
「隼人」
「はい?」
「隼人の目から見て、名前はどんな風に見えた?」
「・・は?」
「話したんだろ?」
「まあ、はい・・」
「何でもいいんだ、正直どんな風に見えた?」
俺の質問に「そうですね・・」と眉間に皺を寄せる隼人。何か考えるように視線を彷徨わせた後、口を開いた。
「正反対、ですかね」
「正反対?」
「はい、俺達マフィアとは正反対で・・・・良く言えば純粋無垢、悪く言えば世間知らずの一般人」
「・・」
ああ、やはりそうか。分かってはいたが彼女の存在は誰の目から見ても俺とは正反対。
隼人は俺に媚を売るような嘘は言わない。きっと、隼人自身が名前と関わってそう思ったんだろう。
「ですが、」
「・・?」
「コイツの十代目に対する気持ちは、間違いなく本物ですよ」
そう言って笑みを見せる隼人に俺は少し目を見開いた。
俺達は存在も、在るべき場所も正反対で、一緒にいることに反対する人間は確実にいる。でもそんな人間がいたとしても俺は彼女から離れることが出来ない。
もう、出来ない。
『だけど、それ以上に・・!』
『好きだから・・っ!』
好きだと言ってくれた名前が好きだ。
俺のことを怖いと言った名前。だけどそれ以上に好きだ、と言ってくれた。その言葉は俺からしたらこの上なく嬉しいもの。俺だって同じくらい彼女が愛おしいから。
全てを話し、彼女の存在を諦めようとした。俺を救ったその笑顔を忘れようとした。そうやって逃げ続けた俺の前に名前はやって来た。
『あの、濡れてしまいますよ?』
あの日、大切な人の命を奪って途方に暮れていた俺に、傘を傾けてくれた時と同じように。
好きだから、そのたった一言で名前は来た。来てくれた。
「俺には、もったいないぐらいだ」
暖かい。それでいて安心する存在が俺にいるなんて。もったいなくて、だけど離すことはできなくて。矛盾だらけかもしれないけど。
「だけど大切なんだ」
すごくすごく、大切で。とても、愛おしいんだ。
答えはシンプル
(好きだから) (もう離れられない)
今はこれしか言えない
これ以上の言葉は見つからない
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