マスターたちと分かれた後、長い廊下を歩く。

現実離れした外観と同じように、中もとてつもなく広い。必死にはぐれないように獄寺さんの後ろを付いていく。


廊下にはまるで学校のようにいくつもの窓があって、外を簡単に見ることが出来る。

窓越しに見える景色は、なんだか見たことのない国みたいに見えた。留学してからまだ短いけど、こんな広くて大きい建物があるなんて知らなかったから。


イタリアに来て、友達が出来て、バイトを始めて、綱吉さんに出会った。

思えばとても短い時間だ。気付いたら忘れてしまいそうなほど短い時間。

でもこの短い時間の中で一気に色々なことが起こった。私の環境がどんどんと変わっていった。眺める風景も話す人も自分の気持ちも。


楽しいとか、嬉しいとか、悲しいとか、寂しいとか、もっと言葉では現せないたくさんの気持ちを、こんなにも感じたことはない。


こんなにも誰かを好きになったことはない。


彼が私を、名前って呼んでくれる。それだけで幸せを感じる。この名前でよかったって思える。









「おい、」

「はい?」




呼びかけられた声に、視線を窓からはずし獄寺さんへと向ける。彼は私を見ることはせずに、前を向いて目的地に向かって足を動かしている。




「十代目はこの廊下を真っ直ぐ進んだ突き当りの部屋にいる」

「・・」

「お前は、十代目に会ってなにがしたい?」




彼の足が止まり、ようやくこちらに視線が向けられる。

視線は敵視するようなものではない。目つきは鋭いけど、これは純粋に私に疑問を投げかけてる瞳だ。




「何をするかは決めてません」

「・・」

「私は、会いたいんです」




ただ、会いたい

ルシオくんのお陰で見つけ出せた答えだけど、きっとこの気持ちは私にとっても正直な気持ち。




「私、留学をしてからまだ日は浅いけど・・色んな気持ちを知りました」




楽しいも、嬉しいも、悲しいも、寂しいも。




「その色んな気持ちの中心に、綱吉さんがいるんです」

「・・」

「だから来たんです、何をしたいかなんて考えてない。考えだしたらきっと・・きりがないから」




ただ会いたくて、

マスターは全部伝えろって言ったけど、それは全部彼に会ってからなんだ。会わなくちゃ伝えられるものも伝えられない。

なにもしないまま、彼をただ想っているのはは辛いことだって、身をもって分かったから。



だから会いたい。




「だけど、獄寺さんの質問にあえて答えるとするなら・・」

「?」


「素直に、なりたいです」





自分の気持ちに素直になって、綱吉さんともう一度話がしたい。


何がしたい?という獄寺さんからの質問に私は素直になりたい、と返答した。すると鋭かった獄寺さんの瞳がふっと優しくなり、口元が僅かに弧を描いた。




「それをそのまま十代目に伝えればいい」

「え?」

「お前の中心にいるのが十代目だ、って素直に言えばいいんだ」

「・・はい」




ゆっくりと頷いてみせる。獄寺さんは止めていた足を再び動かしだす。それにあわせて私も足を動かした。




「俺は部屋の前までしか送れねぇ」

「はい、十分です」

「きっと部屋には十代目だけだ、あとはお前でなんとかしろ」

「大丈夫です、お守りがありますから」

「は?」




お守り?と視線だけ向ける獄寺さんに私は、内緒です!と笑って誤魔化した。



きっとこの長すぎる廊下と、獄寺さんとの会話で、自分の気持ちを言葉にすることで不安を消し去ってくれた。


それともう一つ。




「・・」




ポケットに入ってる空色のハンカチをぎゅっと握り締めた。












「ここだ・・」

「・・」




目の前にある大きな扉。この向こうにいる。

こんな無機質な木の扉の先にあなたがいるんだ。会いたくてどうしようもない、私の大切な人。


私が傷つけてしまった人。




「お、おい・・」

「大丈夫です、」




足が震える。心臓が高鳴るのを止められない。手がじっとりと汗をおびる。




「獄寺さんは、ここまでで、大丈夫、です」

「でもお前・・」

「私は大丈夫です、」




そう言ってニッコリと笑みを浮かべる。

このままだと綱吉さんが気付いちゃうから、早く。私は自分のタイミングで行きますから。

と、途切れ途切れに伝えると、獄寺さんは少し表情を歪めたものの納得してくれたのか来た道を引き返していく。

途中で振り返ったけど、私を見ると再び前を向き去っていった。







「・・」




一人、扉の前で佇む。

色んな人の協力でここまで来たんだ。不安は、ない。・・嘘、ちょっとだけ不安。


だけど、それ以上に。こんな緊張するのは初めてだ。


日本にいたとき小さいころから色んな発表会をしたけど、こんなに緊張しなかったはず。

あ、でも幼稚園のころ劇で主役を貰ったときは幼いながら緊張したなあ、なんて思い出して笑みがこぼれる。



ポケットにあるハンカチを取り出して両手でぎゅっと握り締める。


こんなに、こんなに緊張して心臓が高鳴るほど、私は綱吉さんのことを。




「うん、」




もう大丈夫。

いつまでもここにいたって仕方がない。がんばるって決めたんだから。緊張も吹き飛ばさなきゃ。


どこまでも優柔不断な私でごめんなさい。とマスターや獄寺さん、他にも私を助けてくれた人たちに心で謝罪してから無機質な扉に手を伸ばした。


コンコン



叩いた音が廊下に響く。部屋の中にも響いた。




「誰?入って」



「・・っ」





声。間違いない。彼の声だ。ぎゅっと目を閉じて、覚悟を決めた。

ひんやりと冷たいドアノブのリアルな温度が手に伝わる。ガチャ、と開く扉が酷く重く感じた。



「・・っ」


「悪い、いま手が離せないんだ。書類ならそこらへんに置いてくれ」



私に気付かずデスクに向かう彼の姿。たまらなく、彼の名前を紡いだ。



「綱吉、さん」








(だめだ)
(泣いてしまいそう)



好きで

謝りたくて

伝えたいことがあって

だから会いたかった人


会いに、きたよ