「あぁ、隼人久しぶりだね」
「お久しぶりです」
会いに行こう、と言っておもむろに電話をかけだしたマスター。しばらくするとお店の前に真っ黒の高級車が止まる。車の中から短めだけど綺麗な銀の髪の男性が現れた。
マスターは彼を見つけると、その銀の髪の人を迎え入れるようにお店のドアを開けた。
「突然すまなかったね」
「いえ、そんなことは・・」
「いきなりで申し訳ないんだが私と彼女をボンゴレの本部まで連れて行ってくれないかい?」
「ほ、本部ですか・・?」
銀の人は驚いたように目を見開くと、今度は怪訝な表情で私のことを見る。
鋭い瞳。怪しむ目つき。威圧するような雰囲気。この人は私を疑っている。いくら馬鹿な私でもそれぐらい分かる。
疑っている、というより・・敵視しているといったほうが良いかもしれない。それぐらい鋭い目つき。
「隼人、彼女は私にとって、とても大切な子だ。そうやって威圧するのはやめてくれないかい?」
「・・も、申し訳ありません」
「それに彼女はデーチモにとっても、大切な人なんだ」
「じゅ、十代目の・・!?」
「ま、マスター・・!」
今度は彼から驚愕の眼差しを向けられる。
その眼差しから逃れるように、マスターの服を掴み否定するような声を上げた。
それは私からすれば綱吉さんは大切な人だ。でもだからといってお互いの気持ちが一緒なわけじゃないから。
「それに本部に行くのは、久しぶりにノーノに会いたいというのもあるんだよ」
「九代目にですか?」
「最近はすっかり連絡を取ってなかったからね。本部にいるだろう?」
「あ、はい・・今は本部に滞在中です」
「そうか、よかった。何か彼にお土産でも用意しよう」
何がいいかな、とマスターは厨房へと姿を消す。私はというと、どうすることもできずただそこに立ち尽くしているだけ。
そんな私の背中にビシビシと視線が当たりなんとなく気まずくなった。
「あ、あの・・」
「・・」
振り返ると逸らされた視線。隼人、と呼ばれたこの人。どこかでその名前を聞いたことがあるような気がするけど思い出せない。
この人がどんな人かは知らない。だけど、綱吉さんと知り合いということだけは間違いない。
近づく再開に心臓が高鳴る。期待と不安が入り混じって上手く言い表せない。
綱吉さんに会いたい。だけど会ってもらえるか分からない。もしかしたら追い返されてしまうかもしれない。そう考えると、情けないけど足がすくむ。
だけど伝えたいことがあるから。上手く言葉にできるか不安だけど、ちゃんと伝えなきゃいけないことがある。
「おい、」
「・・は、はい!」
「・・」
「あの・・?」
呼ばれたと思ったら彼から言葉はなく、ただじっと見つめられる。
鋭い瞳はそのままだけど、さっきよりは目つきはマスターのお陰でやわらいだと思いたい。
「・・なんでもない」
「え・・?」
「二人とも、待たせてしまってごめんね。久々に友人に会うのが楽しみで荷物が多くなってしまった」
またなんともいえない気まずさと沈黙が訪れたけど、マスターの柔らかい声に救われる。
手に少し大きめの紙袋を持ったマスター。きっとコーヒーを淹れる道具が入っているんだろう。
銀の髪の人はマスターからその荷物を受け取ると車へと案内した。
「名前ちゃん?」
「・・は、はい」
「緊張しているのかな?」
「いえ、そんな・・!」
車の中。マスターの言葉を慌てて否定するけど、正直言うとすごく緊張している。緊張しすぎて泣いてしまいそうだ。
窓の外に見える賑やかな街を眺めても、ふかふかの背もたれに背中を預けてみても、心臓が落ち着くことはない。
そんな様子の私を見てか、マスターはクスクスと小さく笑みをこぼした。
「名前ちゃん、私はね君でよかったと思っている」
「え?」
「彼に、デーチモに出会ったのが君のような子でよかった」
「・・私?」
首を傾げて尋ねるとマスターはゆっくりと頷いた。
「私がこの前、デーチモを怖がったことは間違ってない、それでいい、と言ったのを覚えているかな?」
「・・はい」
バックミラー越しに銀色の彼の視線を感じた。
私はいまだにマスターの言葉を理解していない。
綱吉さんを怖がったことの何がよかったのか分からない。裏切りにも等しい感情を肯定することも、ましてや彼に恐怖してない、なんて否定することもできない。
その誤魔化すことのできない感情が、彼を傷つけたというのに。
「わかりません、私には・・」
「・・」
「綱吉さんを恐怖したこと、それが、どうよかったのか・・私には分かりません」
膝に置いた手が自然と握りこぶしを作る。
あの日、私と綱吉さんがカップを買いにでかける前、私にはマスターと綱吉さんの会話が分からなかった。
『その子は、その子なら大丈夫です』
『辛くなるのは、デーチモあなたです』
『彼女なら聞いてくれる』
『俺もそうであってほしい、と願っています』
今ならどういう意味だったのか理解できる。痛いくらい二人の会話を理解できるというのに。
「・・私は、何がよかったのか、分からないっ」
つい大きくなってしまった声。こんなのただの八つ当たりだ。申し訳なくて眉を寄せる私に、マスターは穏やかな笑み見せた。
「名前ちゃん、」
「・・は、い」
「君の恐怖という感情、それはね・・」
その感情はね
(誤魔化すことのできない感情に) (答えなんてあるの?)
それはね、と優しく、穏やかな声音でゆっくりと紡がれるマスターの言葉
その言葉が、声が、ひどく優しくて
恐怖した感情を肯定とか否定するんじゃない
救ってくれるような、許してくれるような、マスターの言葉に
嬉しくて、でも申し訳なくて、私の顔は泣き出してしまいそうなぐらい歪んでしまった
|