答えは見つけた。私の答え。
初めて出会ったとき、彼に関わるな、って頭のどこかで警報は鳴っていた。なのにそれを無視したのは私。
綱吉さんに会えるのが嬉しくて、逆に会えない日はとても寂しくて。気付いたら彼のことをどうしようもなく好きになっていたのも私。
だけど彼を裏切ったのも私。
怖い思いなんてしない、だから全てを話してほしい。そんな偽善にも似た感情を持ってたくせに、私は綱吉さんに恐怖を感じてしまった。
ずるいかもしれない。もう遅いのかもしれない。
けど、だけどね、まだ届くなら。
ルシオ君にお礼を言って学校を飛び出してから私の足は止まらない。息が苦しくなるのも感じない。
不思議、私ってこんなに走ることが出来たんだ。
行き先はもちろん、マスターのいる喫茶店。質問の答え、一週間もかかっちゃったけど見つけたから。聞いてほしくて足は余計に急いだ。
「・・うわわっ!」
無理に走ったからだろうか。突然もつれた足にあまり女性らしくない悲鳴をあげた。
反射的に横にあったお店のショーウィンドウに手を這わせ、転ばないように必死に踏みとどまる。
立ち止まった瞬間、さっきまで苦しくなかった息が思い出したように苦しくなり、肺に酸素をめいっぱい送り込む。
同時に肺がチリチリ痛むのは水分を欲しているからかもしれない。痛い肺を落ち着かせるように顔を上げれば、そこにいた町の人のほとんどが私を凝視している。
驚いているような人もいれば、怪訝な顔をしている人もいる。
若い日本人がイタリアの町を全力疾走していれば、その表情は当たり前かもしれない。気付いた瞬間、顔が熱くなり俯いて視線を彷徨わせた。
「・・あ」
彷徨わせた視線は行き場がなく、私が寄りかかっているショーウィンドウへ向いた。
そこには走りすぎたせいで服は乱れ、髪の毛はまとまりを失ったようにはねている。
普段なら大問題だけど、今それは問題じゃない。
「ここ、は・・」
喫茶店の店員がカップを何個も割るなんて何事だ、といまさら自分を叱っても遅いのだけど。
そんな私が、綱吉さんと一緒にカップ買いに来たお店。
マスターは許してくれた。今の私じゃ仕方ないって穏やかに笑ってくれたけど。
綱吉さんのことを考えると夢うつつのような気分になって、思考がどこかへ飛んでいってしまい、集中できなくなる。
溜息が出て、胸が苦しいような苦しくないような、切ないような嬉しいような、そんな感じ。そんな状態になってしまうのは、私が綱吉さんという人に心が惹かれていたから。
思えば二人で買い物に来た日に綱吉さんから全てを聞かされたんだ。
そして彼から、さよならを言われたのもそのとき。
「・・っ」
思い出して、また泣いてしまいそうになる弱い自分の涙腺に叱咤する。
泣くべきは今じゃない。泣くな泣くな、と頭を振って思考を飛ばし、立ち止まっていた足を動かした。
「マスター・・っ」
「名前ちゃん・・っ?」
乱暴にお店の扉を開けると、扉に付いているベルが乱暴な音を奏でた。
さっきのお店からこの喫茶店までそんなに遠くない。少しだけ乱れた息を整える私を、驚いた表情で見つめるマスターと会計をしていたお客さん。
ご、ごめんなさい・・と謝ると、マスターはお客さんに困ったような笑みを浮かべて謝罪をしてから、座って待ってなさい、と私を促した。
返事はしたものの、どうにも胸が高鳴っていて私は座らず呆然と立っていた。
「そんなに急いで、どうしたんだい?」
お客さんを外まで見送ったあと、座ろうとしない私に特に何か言うわけでもなく、マスターはカウンターに立つ。
「あの、」
「うん?」
「・・答え、みつけました」
私がそう言った瞬間、マスターは目を見張ったあと、ほう・・と小さく呟く。
「一週間も、かかったけど・・っ」
「・・」
「見つけました、私の気持ち」
私の言葉にマスターは微笑み静かに先を促した。
「会いたい、です・・彼にもう一度、綱吉さんに会いたいですっ」
まだ手が届くなら
(許されるなら) (彼を想うことが許されるなら)
「そうか・・会いたいか」
「はい、だけど・・会う方法が見つからないんです、どこに行けば彼に合えるのか、分からなくて・・っ」
マスターに言ったところで会えるわけじゃないけど。だけど会いたくて。
必死なあまり声が上擦ってしまう。
「わ、たし・・っ」
「じゃあ、会いに行こうか」
「・・え」
「だから、デーチモに会いに行こう」
「・・え、え、え?」
驚きのあまり言葉が上手く出ない私を気にも留めず、マスターは当たり前のように笑って、お店の電話に手をかけた。
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