全てを聞いた。直接、綱吉さんの口から。全部。

綱吉さんがイタリアで何をしている人なのかも。デーチモという言葉の表す意味も。

彼がやってしまったことも。


ポツリポツリ、と小さな声で少しずつ漏らす言葉を、聞き逃さないように、必死に耳を傾けた。


最初は話しの内容が理解できなかった。マフィアとか、ボスとか、私とはあまりに違う世界すぎた。


綱吉さんが人を殺すなんて、そんなのありえない、と。嘘だ、と。


でも、いくら私がそう思っても、目の前で顔を歪めて話す綱吉さんは紛れもなく本物だったから。



現実を、受け入れなきゃいけない気がした。




「・・」

「・・」




全てを話し終えた綱吉さんは私から視線をはずした。

私も彼の話しを理解すると、視線はぼんやりと足元に向いた。


どんな表情で彼を見ればいい?綱吉さんを傷つけないようにするには、私はどんな顔をすればいい?


考えれば考えるほど、分からなくなった。



「わ、たし・・っ」

「・・」



怖いわけじゃない。

毎日のようにお店に来てくれる彼。私のミスを可愛いと言ってくれた彼。私に微笑みかけてくれるその優しげな笑みも。時々見せる意地の悪い笑みも。全部、本物で。

そんな彼を怖いと思っているわけじゃないのに、

なのに声が、言葉が続かない。寒いわけでもないのに、擦りあわせるように組んだ両手が震える。心が震える。もう身体まで震えてしまっているかもしれない。

これじゃあ、まるで綱吉さんを怖い、といっているみたいじゃないか。



「・・ごめん」

「・・っ」



震える私の両手を、彼の大きな片手が優しく包んだ。

視線を上げれば、眉を下げて悲痛そうにニコリと笑う綱吉さんの姿。



「こんな話し、しなきゃよかったな・・」

「・・え」



そっと、私の頬に添えられた手が震えているのは気のせいか。



「泣かすつもり、なかったんだ・・」

「・・ぁ」



私が気づかぬうちに流していた涙を、彼の手が静かに拭う。

どうして涙が流れるのか分からない。泣きたいわけじゃないのに、目の前にいる彼を思うと、どうしようもなく切なかった。

違う、と。怖くない、と。声を大きくして叫びたい。喉が潰れるほど叫んで、彼を受け入れたいのに。まるで言葉を忘れてしまったかのように、嗚咽のような声しか出ない。



「もう、現れない」



あらわれない、

綱吉さんの言葉を理解するのに、少し時間がかかった。




「怖いやつは、もういなくなる」

「・・や、」



まるで、小さな子をあやすように呟かれる言葉。嗚咽まじりの抵抗は彼に聞こえていないのか。

それとも抵抗の言葉すら、彼には自分を否定する言葉に聞こえるのか。




「名前」




呼ばれた名前。目尻に感じた柔らかく暖かい感触。

そして耳に響いた綱吉さんの優しい声音。






さようなら、




黒くよどむ

(優しく悲しく響いた)
(別れの言葉)




視界から消えてしまった、大好きな人。


「や、ですよ・・そんなの」



ポツポツと繰り返し顔や身体に当たる冷たい雨に紛れて、暖かい雫が何度も頬を滑り落ちる。


「私、だって・・まだ何も、伝えてないですよ・・っ」


今となっては意味を成さない言葉が、次から次へとあふれ出す。


出かけるときはあんなに綺麗に晴れていた空が、今は酷く淀んでいた。