この季節の水仕事は少し辛く。食器用の石鹸を使っているとどうしてもカサカサと荒れてしまう。
夕食の仕込みを終えたナマエは冷え切った両手を擦り合わせながら外の回廊を歩いていた。
こう寒いと暖かい食事が兵士達からは好評で、スープの類いはナマエとしても作りやすいメニューの一つではあるのだが。スープに入れる大量の根菜の水洗いと皮むきが食器洗いに加え、どうしても手を痛めつけていく。
「あら、カサついてる…」
ぼんやりと両手を眺めながら一言。
所々薄皮が剥け、赤味がかった手はあまりにも痛々しく、そして女性らしさが欠けているように思え。ナマエは小さく溜息をつくと同時にギュッと両手を握り合わせた。
「ナマエ」
聞きなれた声に名前を呼ばれ、パッと顔を上げるとそこには思った通りの人物がいてナマエの顔は少し綻んだ。
「リヴァイさんっ」
「どうした、休憩中か?」
コツコツとブーツを鳴らし近づいてくるリヴァイに、ナマエからも駆け寄って近づいた。
いつも声をかけてくれる。時には皿洗いを手伝ってくれたり。また別の時には香草や山菜探しを手伝ってくれたり。ナマエが困っている時に助けてくれたり、一人でいる時に声をかけてくれるのはいつだってリヴァイだった。
「夕食の仕込みが終わったので少し休憩しようかと」
「そうか、今日は何を作るんだ?」
「今日は少し冷え込みますのでトマトのスープです」
「悪くねえな」
「温まるようにジンジャーを足してみようと考えているんですが、クセが強いかもしれませんね」
「お前の作るもんなら何の問題もねえだろ」
「あらあら、嬉しい」
リヴァイの言葉にクスクスと小さく笑って見せるナマエ。「冷えるだろ、中に行くぞ」と促せば「はい」と頷いて自分の後ろをついて来る彼女。どこか抜けていてトロいナマエの、朗らかな笑顔に惹かれるようになったのはいつの事だったか。
「ナマエ」
「はい?」
「いや、何でもねえ」
「あら、言い掛けられては気になってしまいますね」
まるで下から覗き込むようにリヴァイを見て、にこりと笑うナマエ。誰に対しても素直で裏表の無い彼女だからこそ、少し幼い仕草をされても許せてしまう。
恐ろしい程、惹かれているな
呆れかえるような、けれど心地いいような。何とも言えない感情にリヴァイは自嘲するように溜息をついた。
「今度、山菜を摘みに行く時は付き合うと言いたかっただけだ」
「あら、それは素敵なお話しですね……でもせっかくのお話しですがお辞めになった方が良いです」
「…何?」
普段であれば微笑んで了承するはずの彼女の初めての不承の言葉。
足を止め振り返れば困ったように微笑むナマエ。怪訝なリヴァイの視線を受けて少しだけ視線を彷徨わすと、おずおずと躊躇いがちに自分の両手を差し出して見せた。
「お恥ずかしいのですが、この時期の水仕事や土仕事は手が荒れてしまいます」
「…」
「もう兵士ではない私ならまだしも、リヴァイさんの手が荒れて、もしも壁外調査で何かあったら……、あっ」
「見せてみろ」
言葉の途中で突然手を引かれナマエとリヴァイの距離が近付く。驚き、瞬きを繰り返したが、リヴァイの視線はナマエの両手に注がれている。手を引こうとしてもしっかり繋がれた手は動かない。
ナマエは何とか笑みを作って見せたが、その顔は少し強張ったものになった。
「女性らしく、ないですよね…」
赤くひび割れ、ささくれ立った手なんていつもの事のはずなのに。リヴァイに見られるとどうしても居心地の悪さを感じる。恥ずかしい、品がないという気持ちが膨らむ。
「ふふ、恥ずかしいですね」と空笑いをした瞬間、リヴァイの視線がナマエを捉えた。
「そうか?」
「え、」
「そんなことねえだろ」
「…」
「少なくとも俺には、この手は他よりも女らしく見えている」
「っ」
ぽお、と頬が熱くなりナマエは誤魔化すように顔を伏せた。とくとく、と繰り返す心臓の音が身体中に響く。
特別な時間をくれる人、特別な言葉をくれる人。
意識した瞬間、繋がれた手からこの心臓の音が伝わってしまうのではないかと思い、余計に熱が増す。
「それにしても冷てえな、冷え性か?」
「そ、そんな事はないと思うんですが…でも私と違ってリヴァイさんの手は暖かいですね」
「…そうかよ」
「はい」
繋がれた手を僅かに握り返し、頬を染めて朗らかに笑うナマエ。何も想うなという方が無理だ。
彼女が恥ずかしいと言った荒れた手も、リヴァイからすれば料理をする者の手で。それは単純に手を痛めつけても料理を辞めない彼女の姿勢。
何よりも、特別な手であり、特別な存在だと認識している。
「次、山菜を採りに行く時は必ず俺に声をかけろ」
「え?」
「いいな?」
「良いんですか…?」
「良いから言ってんだろ」
そう言って少しだけ強い力で両手を包まれる。緩んだ顔で「はい」と頷くと同時にナマエの頭には
誘ってもらえるといいね、リヴァイに
ハンジの言葉が響いていた。
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