「結局名前には会いに行けたの?」

「…ああ」



ハンジの言葉にリヴァイは短く返事をした。

壁外調査の後処理に追われ、気付けば空は赤く染まっていた。壁の中に戻ってから休みなく動いていたせいか、いつもは騒がしいハンジも今は珍しく少しくたびれた様子で椅子に座り、配られたコーヒーを啜っていた。

リヴァイの元にも配布されたのだがコーヒーという気分ではなかった為受け取らず、机に寄りかかって身体を休ませていた。



「会えはしたが…」

「ん?」



脳裏には名前の見せた力無い笑みがこびり付いている。そのせいかどうにも言い難い感覚が胸から消えないでいた。



「いや、何でもねえ。会えはしたが途中で呼ばれたせいで何も話せなかっただけだ」

「えー!それじゃあ私があの時貴方の代わりに仕事を引き受けた意味がなかったって事!?」



大袈裟にわざとらしい溜息を吐き出すと「本当ならすぐにでも巨人の研究に取り掛かりたかったのを放り出したっていうのに…」と独りごちるハンジに、リヴァイは何も言わず短く溜息をついた。



「どうせこの後処理が終わったら会いに行くんだ。会わねえでいるより先に顔を見せただけでも違うだろうが」

「ふーん」

「オイ、何だ」

「いや?リヴァイにも外から帰って来て顔を見に行きたい相手が出来たんだなぁと思って?」



ニヤつく口元を隠すようにハンジは再びカップに口をつける。「あー、空が真っ赤だ」なんて含み笑いと共に口を開けばリヴァイの眉間のシワは一層キツイものになった。

そんなリヴァイにハンジは大きく口を開けて笑ったあと、ヒラヒラと手を振った。



「だってあのリヴァイがさ、またこうやって誰かを想えるようになるなんて奇跡なんだよ」



また誰かを

ハンジの言葉にリヴァイは視線を僅かに落とした。



「……名前に、千歳の事を話そうと思っている」



ポツリと呟いたリヴァイの言葉にハンジはピクリと眉を動かしたが、すぐに表情を戻す。



「そう、それが良いね。黙っていても仕方のない事だし、他の誰かに言われてしまうより、貴方が話した方が名前にとっても良いと思うよ」

「俺は異常か?」

「え?」

「アイツと名前は、よく似てる」

「ああ、なるほど。顔は確かにね」



リヴァイの言わんとしてる事を察したのか、ハンジは溜息混じりに持っていたカップを机の上に置いた。

顔の似た二人の女性。血の繋がりがあるからこそだが、だからこそ思うことがあるのだろう。



「リヴァイはさ、千歳にしても名前にしても、顔が好みだったの?」

「違う」

「そうでしょ。確かに二人は顔がよく似てるけど、そこじゃないって私なんかが言わなくても自分自身が一番分かってるんじゃない」



千歳の魅力は、どこか浮世離れした存在感と、凛とした意志の強い瞳。けれど、どこか掴めない儚さにも似た雰囲気があったとハンジは思っていた。

親しくはなれども、決して人を近付かせない一線があったのは、彼女のこの世界に対する恐れだったのか。今となっては聞けないが。



「名前は良い子だよ。千歳が悪いという訳じゃないけど、名前は…そうだなぁ、底が抜けてる感じ」

「底が抜けたお人好しって事か?」

「あはは!そうかも!名前は遠慮がちの気にし過ぎ。なのに、他所の世界の他人にまで心を砕いてくれる。一生懸命になってくれる」

「……」

「きっと自分が傷ついても一生懸命なんだろうなぁ」



ハンジの言葉を聴きながら、リヴァイは目を閉じ名前の事を思い浮かべた。

顔が似ているのに、中身が全然違う名前を想うようになったのは、何故なんだろうか。問うたところで明確な答えなど見つけられないと分かっている。

分かってるが、強いて言うならば。



「名前は、どうしようもねえ奴だからな」



どうしようもないのだ、彼女の人柄も。自分自身も。きっともう、どんな言葉を使っても言い表すことが出来ない。

この気持ちはもう、どうしようもない。



「いまさ、名前に会いたくなったんでしょ?」

「……」

「あははは!図星!」

「…テメェ」

「あー、面白い。リヴァイもう行きなよ、ふふ、名前のところ…ふは」



笑いながら言うハンジにリヴァイの顔はいつもより数十倍歪んだものになるが、その顔を見てもハンジは笑うばかり。



「うるせえっ、俺はもう行くぞ」

「名前の所に?あはは、行っても良いけどその前にエルヴィンに報告していきなよ」



言われなくても分かっている。そう返すように舌打ちを一つすると、リヴァイはハンジに背を向け歩き出す。そんなリヴァイの背をハンジはひとしきり笑った後、どこか暖かい表情で見送り、再びコーヒーに口を付けた。

そんなハンジの様子を知らないリヴァイは静かに目を動かし、エルヴィンの姿を探した。目はエルヴィンを探しながらも、足はすぐにも名前の所へと向かいたかった。理由は彼女の様子。

もう少し話しをすべきだったのだろうか。だがあの場で彼女の存在が見つかるわけにはいかなかったのも事実。

ふっ、と短い溜息を吐いた時、聞き覚えのある声が聞こえた。



「リヴァイ兵長殿、お久しぶりでございますなぁ!」

「、?……っ…お前は」



にっこりと人のいい笑みを浮かべる男は、調査兵団に定期的に物を売りにくる商人の男だった。

リヴァイはこの男には思い出があった。いや思い出と呼べるような深いものではないかもしれない。


まあ、素敵な装飾品ですね。これは?


たった一度だけ、千歳に贈り物をした。その時に送った淡い色の石がついたネックレスを、この商人から買ったのだ。



「ちょうどいま、団長殿と貴方の話しをしていたのですよ」



言葉の通り商人の後ろにはいつものように、なにを考えているのか深く読み取れない笑みを浮かべたエルヴィンがいた。

「今回の壁外はいかがでしたか、まあお二人がいればなんの心配も、」と賞賛の言葉を繰り返す商人を横目に、リヴァイは手早く報告を済ませこの場を去ろうとした。

そんなリヴァイの足を地に縫い付けたのは。



「そういえば!みなさんが遠征中に千歳さんにお会いしたんですよ!」



商人が呼んだ、その名前。