「いやー!お懐かしい!久しぶりですね、元気にしてましたか!」



両手を広げ感動を表現しながら近付いてくる男性に何も言葉が出なかった。聞き間違いなんかじゃない、この人は今間違いなくおばあちゃんの名前を口にした。

どうして、おばあちゃんの名前が出たのか。どうしてこの人がおばあちゃんを知っているのか、そればかりが頭を回る。



「ほら、私ですよ、商人の!」

「え?…あ、商人の…」



壁外調査のあと商人がここに物を売りにやってくるんだが、興味はあるか?

エルさんの言葉を思い出し、ようやく言葉を発する事ができたが、商人の男性には自分を思い出したかのように聞こえたらしく「思い出してくれましたか!」と返され、言葉のやりとりが上手くいかない。



「本当に久しぶりです、いつぶりでしょうかお会いするのは」

「あ、えっと…」



曖昧に返事をして誤魔化す。

男性は私の事を千歳おばあちゃんだと思っている。分からない、何故この人がおばあちゃんを知っているのか。それにさっきから心臓が鳴り止んでくれない。どうしてだろう。頭の中で、何か、とても大切で、でも苦しくなるような。そんなパズルのピースがはまってしまいそうで。

どくどく繰り返す胸の音に、息が浅くなる。



「実はですね、珍しい事にエルヴィン団長がこちらに指定する日にちを間違えていたみたいで」

「はぁ…」

「今日来る様に言われていたんですが、まさか全員、壁外調査で出払っているなんてね」



胸が騒つく。この場からなるべく早く離れたい。でも目の前の男性を無下にする事もできない。おばあちゃんなら何て答えるか必死に頭を巡らせるが、ずっと有る疑問が消えてくれない。

何故おばあちゃんを知っているのか、おばあちゃんはこの世界に来ていたのか。

どうして、私は何も知らないのか。



「その、団長は調査前で疲れていたのかもしれません」

「ほう…珍しいですね」

「え?」

「千歳さんがエルヴィン団長を庇うなんて」

「…、」

「あまり仲はよろしくなかったでしょう?」



聞かれても戸惑うばがり。仲が良くないと言われても何のことかわからず、上手く言葉が繋げられない。「あの、その」とまごつくばかり。こんな反応をしていてはバレてしまう。

私が名前で、千歳ではないと。



「それはそうと、千歳さん」

「は、はい」

「その後、リヴァイ兵長とはいかがです?」

「え、」



突然出された名前に僅かに目を見開いた。



「…な、何のこと、でしょう…?」

「イヤですねぇ、千歳さん隠そうとして」



どくん、どくんと鳴る心臓。呼吸が先程よりも短く、浅くなる。身体が熱いように感じるのに、ヒヤリとした汗が背中を伝う。

分からない。リヴァイさんが何?隠そうとなんかしてない、私は。何も知らない。

そう、何も、何も知らないんだよ。



「そのネックレス、リヴァイ兵長から贈られた物ですよね」

「え、」

「いやあの時は驚きましたよ、まさかあの人類最強と呼び声の高いリヴァイ兵長が、女性への贈り物を見繕うなんて!」




宝物、そうねえ…宝物だった物かしら



このネックレスはおばあちゃんの宝物で、思い出がたくさん詰まったもの。



昔、ある人から…



あの時、思い出を語ってくれたあの日。横顔を見ていたら分かった。

きっとこのネックレスは、大切な人から貰ったんだろうなって。おばあちゃんにとって、娘時代の全てを賭けた様な、そんな人がいて。きっとこのネックレスの贈り主が、おばあちゃんの初恋の人なんだろうと。そう気付いていた。

でも、それが…



「どんな気持ちです?人類最強の男に愛されるのは」



あなただなんて、気付きもしなかった。

思いもしなかった。



「……」

「千歳さん?」



愛されていた。

誰が、誰に。この男性は今なんて。リヴァイさんが、千歳おばあちゃんを。愛していた?



お前は本当にどうしようもねえな、名前



じゃあ、私は、私の存在は、



ふらりと視線を上げて、商人の男性と目を合わせる。この人は私を千歳おばあちゃんだと思っている。悪気もなく世間話程度に話しをしてくれているだけ。

自分は千歳ではないと、訂正する必要はない。何でもいい、今は早く一人になりたい。



「申し訳ありません、少し体調が優れなくて」

「そうでしたか!そうとは気付かず…!」

「いいえ、久しぶりにお話しが出来て良かったです、失礼致します」



頭を下げ、食堂を出る。モブリットさんが用意してくれた食事の事などもう頭には無かった。


食堂を出てしばらく歩いて、自分の部屋へと勢いよく駆け出す。

分からない。何も、知らない。おばあちゃんがここに来ていた事も、どんな風に過ごしていたのかも、交友関係はどんなものだったのかも。

何も知らない、知らないのに。


リヴァイさんに愛されていた。


その事実だけは分かってしまって、胸がどうしようもなく締め付けられた。