今日、あの子に…貴方から頂いたネックレスを譲りました
失くしたと思っていた、なんて言ったら…ふふ、あなたは怒るかしら?
今となっては貴方が何を思っているか、推し量ることなど出来ませんが……あの時、あの場所で過ごした日々はとても尊くて、掛け替えのない時間で…
もしかしたら、あれはきっと……私の、
「……、おばあちゃん…?」
ぱちりと目を開くと同時に辺りを見回した。まるで耳元で祖母が話しかけてくるような、そんな夢を見ていたからだ。キョロキョロと見回して自分のいる場所がいつも祖母と一緒にお茶を飲んだ縁側ではない事に気付く。
あの夢は何だったんだろう、前にも見た気がするけれど。
寝起き特有のうつらうつらとした空気にまた瞼を閉じそうになったが。
「っ、寒い」
開けておいた窓から優しく吹き込んでいた風で身体を冷やしたのか名前は僅かに身震いをする。このままでは風邪をひいてしまう、と立ち上がると、ぐっと身体を伸ばし窓を閉めた。
「寝ぼけちゃった…」
つい先程まで見ていた祖母の夢を思い出し、小さく溜息をついた。
調査兵団が壁外調査に出て行ったのは今朝のこと。緊張と胸騒ぎで眠りが浅かったせいか昼時を過ぎた頃に眠気に襲われてしまった。無心で書庫を片付けていた疲れも相まって余計に。
うたた寝はしてしまったが、長い時間一心に片付けに専念したお陰で書庫はだいぶ片付ける事が出来た。
「よし、」
あとちょっと!と気合いを入れ直すと使い古された資料を両手に抱え、新しい木箱に入れる。あまり使わないと言っていた資料でも捨てるわけにはいかない。これなら落ちても壊れることは無いだろう、と考え古い箱が壊れた時の事を思い出してほのかに頬が熱くなる。
が、すぐに頭を左右に振って熱さを誤魔化すと、バタンと多少乱暴に箱の蓋を閉めた。もう本棚の上から落ちる事がないように、箱の置き場所は机の下へ。
きゅるるる
箱をグッと押し込んだ時に鳴り響いたのは自分の腹から。聞いてる者など誰もいないと分かっているが、名前はバッと慌てて両手でお腹を隠した。
「そういえば、何も食べてない…」
いつも朝食を運んでくれるモブリットも当然だが今朝は忙しく、勿論名前自身も朝食を食べている余裕など心に無かったためそのまま過ごしてしまっていた。
掃除をして空気の入れ替えをすれば書庫の片付けは終わったと言える。今やってしまうべきだろかと考えたが、きゅるる、と再び鳴った自分の腹に苦笑いを一つ。
やはり何か食べよう、と扉に手をかけ静かに書庫を出る。
誰もいないせいかシンと静まり返った兵団内を、コツコツと歩く自分の足音が妙に大きく感じた。
壁外調査中の食事は食堂に名前の分を用意しておいたと、モブリットに言われていた事を思い出す。どれほどの量かは分からないが、壁外調査の準備中にも関わらず自分の事を気遣ってくれた事が嬉しくて、繰り返し頭を下げてお礼を言い、モブリットを苦笑いさせた事も同時に思い出した。
「わあっ」
普段は決して踏み込まない食堂。食事をしに来たというのに、初めて入る部屋に感動して見渡してしまう。
何てことはない、ウッディな内装も名前の目には映画のセットのように思えて、その場でくるりくるりと回ってしまった。
「あっ、ごはん…!」
感動している場合ではなかった、と我にかえるとモブリットから聞いていた棚を探し始めた。その時。
「おやぁ、おかしいですねぇ」
人の声。
名前はビクッと身体を震わせると、すぐさま柱の陰に身を潜ませた。
コツコツと食堂に入ってくる足音。声の主は「うーん」と不思議そうに唸っている。コソッと柱から顔を覗かせると名前は高鳴る心臓を抑えつけ、息を殺しながら声の主を伺った。
「エルヴィン団長、確かに今日と言っていたはずなんですが…」
目に入ったのは、白髪混じりの初老の男性。顎髭をショリショリと撫りながら困ったように溜息をついた。
エルヴィンというよく知った名前は聞こえたが、この男性の事は知らない。このままでは見つかってしまうかもしれない、とりあえず身を隠さなくては。そう考え名前が身を屈めようとした時、立て付けが悪かったのであろう木の板がギシと音を立ててしまった。
「おや?」
「っ!」
男性が振り返る。目が合ってしまった。
誤魔化す事も出来ない状況に名前が言葉を失ったとき、男性は大きく目を見開いたあと嬉しそうに笑い声を上げた。
「千歳さんじゃないですか!」
「、…え…?」
もしかしたら、あれはきっと……私の、
いいえ、もしかしたらじゃないわね…あれは私の初恋
あの時、とても不思議な世界で貴方と出逢い、輝くような日々と時間を共に過ごして……その時間の中で、私は貴方を想っていたの
貴方に恋をしていたのよ
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