この世界に来てからたくさんの本を読んで、たくさんの知識を付けてきた。

だから分かってた。周りが口にする壁外調査というものがどれほど危険な事なのか。実際に自分の目で見たものではないけれど、資料でしか知り得ない知識だけど。調査兵団の人達がどんなに危険な目に合うのか。

どれだけの生命が消えてしまうのか、



「…っ」



弾かれたように顔を上げた。

今日は壁外調査の為に、壁の外へと兵士達が出て行く日。部屋の外は慌ただしくたくさんの人が行き交う足音が聞こえる。そっと窓の外を見てみれば荷物を運び出す兵士の姿が見えて、名前は姿を隠すようにカーテンを閉めた。

そのまま壁に背をつけてずるずると腰を下ろした。

今日は外に出てはいけないと言われていた。たくさんの兵士が行き来するから、鉢合わせたらまずいと。

ほとんどが壁外調査に出払ってしまう為、明日兵団には名前一人になる。物資の関係もあって本来なら一日で帰還するはずの壁外調査が、今回は二日がかりになると知った時は言いようのない不安が胸を覆った。

陽が沈むと巨人は活動をやめる、それも本で学んだこと。夜通し危険な訳ではないと分かっているが。



「急げ、そろそろ集合の時間だぞ!」

「こんなに荷物持って急げねえよ」

「文句言ってないでさっさとしなさい!」



聞いていれば、まるで学校行事の準備をする学生のようなのに。彼らはこれから命をかけるのだと思うと、どうしようもなく遣る瀬無くて、名前は自分の膝に顔を埋めた。

大丈夫だと何度自分に言い聞かせても不安は拭えない。どの本を読んでも壁外調査では負傷者、死亡者がゼロだった事がない。間違いなく人は死ぬ。それは今の兵士達かもしれないし。それは自分が世話になった人達かもしれないし。

自分の大切な。



「リ、リヴァイ兵長!」

「オイ、お前ら何をしている。他の奴らはもう集まってるぞ」

「っ、はい!申し訳ありません、すぐに向かいます!」



自分の大切な人かもしれない。

声が聞こえガタと音を立てて立ち上がると、名前はカーテンを開けて窓越しに外を見た。

荷物を持って慌てて走り去っていく兵士達。そしてその兵士達を見送るその姿。ふと名前のいる部屋を見上げたリヴァイと目が合った。



「っ、リヴァイさん…」



窓越しでは届かないだろう声。

ただ静かに目を合わせるだけでは嫌で、名前は辺りを見回した後、誰もいない事を確認すると窓の鍵に手を伸ばした。ガチャと音を立て窓を開くと僅かに吹き込む風。髪が揺れ視界が悪くなってもリヴァイとの視線は逸らさなかった。



「リヴァイさん…!」

「名前」

「っ、」



何かを言おうとする前に、静かに名前を呼ばれ名前は言葉を飲み込む。下から見上げてくるリヴァイの目に、自分はどんな風に映っているのだろうか。不安そうな顔をしているだろうか、それとも泣きそうだろうか。分からなくて、ただリヴァイの言葉を待った。



「少し、出て来るが」

「…」

「なるべく早く戻る」



何でもないことのように。まるで少し買い物に行って来るとでも言うように。

名前の気持ちが不安に落とされることが無いように言葉を選んだリヴァイの心に気付かないほど、名前も鈍くはない。心の奥の奥が掴まれたようで、痛くて苦しくて、もどかしくなる。



「はい、っ」



涙が溢れそうになっても、笑顔だけは絶やさないように。



「お気を付けて、行ってきてくださいね」



名前の言葉にリヴァイは少しだけ目元に優しい色を灯すと、それ以上言葉を紡ぐ事はせず。背を向け、壁外調査の為、門へと足を向けた。