「はあ…」
溜息にビクと身体が震えた。
個室とリヴァイさんを前に、なんとも言えない恥ずかしさと焦りが込み上げてくる。心なしか頬が熱い。それもそうだ。昨日出会ったばかりの男性とお風呂なんて普通じゃない。また頬の熱が増した。
「っ、私!外で待ってますから!先に入ってください!」
「外で待ってて他の奴らに声を掛けられたらどう切り抜けるつもりだ」
「それは、その、臨機応変に!」
「お前にそれが出来るとは思えねえな」
「そんな事は!」
「俺が外に居ようと不自然な事には変わりねえんだ」
「それは、確かに、そうかもですが…」
「いいから入れ」
「えぇ!」
腕を掴まれ引っ張り込まれる。それなりの広さの脱衣所。カーテンで仕切られた向こうにはシャワーがある。どうすればいいか分からずまごついていたら、バタンと扉が閉める音に身体が跳ねてしまった。
眉間に皺を寄せたリヴァイさん。それもそうだ。訓練で身体を動かして疲れきってる所にこんな事に巻き込んでしまうなんて。溜息を吐きたくなる気持ちもわかる。申し訳なくて仕方がなくて、ぎゅうと眉を寄せて俯いた。
「その顔やめろ」
「え…」
「責めてねえだろ」
少し乱暴な言葉、だけどすくい上げてくれるような言葉に、ほわっと胸が暖かくなる。私の顔を見ただけで何を考えているかリヴァイさんには分かってしまうんだろうか。
「そもそもこれは俺の人選ミスが招いた結果だ」
「いえ!…あっ…でも、嬉しかったですよ!」
「あ?」
「リヴァイさんが、私のことを気にしてくださったことっ。だからハンジさんに頼んでくれたんですよね」
お風呂なんて誰も気付かないような事に気付いてくれて、気を遣ってくれたことが本当に嬉しくて。へらっと笑ってみせると、リヴァイさんは少しだけ私から目を逸らす。
「いいから脱げ」
「え……、え!?」
「先に入れ」
「あの、それは、その、えと…!」
「さっさとしねえと人が来るぞ」
そう言うとクルリと背中を向けたリヴァイさん。見ないから入れという事だろうか。ううん、絶対そういう意味だ。でもはい分かりましたと素直に脱ぐ事が出来ない。羞恥心が邪魔をする。
背中を向けたままのリヴァイさん。このまま沈黙していたら無駄に時が流れるだけだとわかっている。リヴァイさんの気遣いが無駄になってしまう。
ぐっと、気持ちを固める。簡易的な棚に着替えを乗せると、そっとワイシャツのボタンに手をかけた。心なしか手が震えていて、心臓の音がうるさい。
「す、すぐに終わらせますから…」
細くなる声でそう言うと、脱いだ服を雑に置く。最後におばあちゃんから貰った桜色の石の付いたネックレスを外すと、カーテンを捲り中へ入った。
私の世界とは作りの違うシャワー室に戸惑いながらも、おそらくお湯の出てくる蛇口だと思われるハンドルを回す。思いの外勢いよく出た熱めのお湯を頭から浴びてしまい「ひゃわ!」と変な声を上げてしまった。
「おい、大丈夫か」
「だ、だだ、大丈夫ですっ」
「何かあったら言え」
「は、はい…」
やっぱり優しい人だな、と思ってしまう。もちろんエルヴィンさんもハンジさんも優しいけれど。なんだろう、不思議な感覚。熱くなるのはお湯のせいだろうか。ほう、と息をついて髪の毛を洗おうと思った瞬間。
唐突にお湯が冷水になった。
「きゃっ!わ、冷たい…!!」
「何だ」
「り、リヴァイさん、お湯が出なくなりました…!」
「…っち、直しておけと言ったのにまだやってねえのか」
どうやらこのシャワーは修理中だったらしい。冷水を浴びせられて熱かった身体は急速に冷えていく。
「蛇口の辺りを適当に殴ってみろ、直るはずだ」
「な、殴ると言われましてもどの辺りを……、っくしゅ」
急激に身体が冷えたせいか、小さなくしゃみが出てしまう。殴れば直ると言われたものの何処を殴れば良いのかも分からないし、一応鉄製のものだ。私の力でどうこう出来る気がしない。このまま冷水を浴び続けて風邪でも引いたりしたら更に迷惑になるし、水を止めて出てしまった方が良い。
水を止めようと蛇口に手を伸ばした時、突然カーテンがばさっと大きく開かれた。
「えっ……わ!」
驚いて声を上げるよりも早く、目の前いっぱいに広がった大きなタオルを被せられ視界が奪われた。
「それ巻いて下がってろ」
「り、リヴァ、」
パクパクと動く口は思ったように言葉を紡ぐことが出来ない。もたもたした動きで、被せられた大きなタオルで身体を隠す。なんの言葉もなくカーテンを開けられるとは、まさか入ってこられるとは思っていなかった。
悲鳴の一つでもあげるところだけど、それをしなかったのはリヴァイさんが徹底的に私を見ないようにしてるから。
顔を背けたまま蛇口をいじり調節をしてくれるリヴァイさん。シャワーの水がかかり、着ている白のシャツが薄っすらと透けている。そんな彼に悲鳴をあげるなんて出来るわけがない。身体にタオルを巻いて顔を俯かせていた。瞬間、ガンと殴打する音に驚いて顔を上げた。
「っ……直ったな」
そう言うと、まるで痛みを紛らわすかのように軽く手を振り蛇口を弄る彼の姿に息が詰まった。
「リヴァイさんっ、手が…!」
「ツバでも付けときゃ治る」
そう言って私の方を一度も見ることなく、カーテンを捲り出て行こうとしたリヴァイさん。
「駄目です…!」
咄嗟に駆け寄ると腕掴み、そのまま強く引き、振り向かせた。
蛇口を殴ったばかりの掌を優しく包み、赤くなった手の甲を見つめる。どれほどの力で殴ったのかは分からないけれどほんのり赤みを帯びているそこに自然と眉を寄せた。
「もう熱を持ってる…青くなってしまう前に冷やさないと…」
「……」
「仮にも鉄製の物です、素手で蛇口を殴るなんて、無茶しないでください」
患部を優しく撫で、顔を上げるとリヴァイさんを真正面から見つめた。ジッと見返してくる暗い瞳に私が映っている。
ふと伸びたリヴァイさんの手が私の髪の毛に触れ、クシャと撫でた。
「…冷えてるぞ」
「え、」
「濡れたままそんなカッコでいるからだ。風邪ひきたくねえなら、俺の手を離せ」
「っ!?」
気付いて、バッと手を離すと同時にカーテンの向こうへと出て行ったリヴァイさん。
なんてカッコで、なんて事を。
ぼう、っと火がついたように熱くなる顔。振り切るように再び蛇口を捻ると、頭からお湯を浴びる。誤魔化すように髪を洗ってみても、頬の火照りは中々消えてはくれない。触れた手が、節のある男性の手を思い出すとまた熱くなる。
こんな事になるなら冷水の方が良かったのかもしれない。
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