アペリティーボ


「んっ!!」

「何だ?」

「このサルサヴェルデ、あの味に近い気が…!」

「どれ」



薄く唇を開いたリヴァイ。ナマエは自分の使っていた味見用のスプーンを流しに置くと、新しいスプーンを手に取り緑のソースを少しだけ乗せ、リヴァイの口へと運んだ。

舐め取るようにソースを口へ含むと、少しだけ首を捻るリヴァイ。



「どうですか?」

「近いな。だか少しパンチが薄い」

「それなんですよねー。うーん何が違うんでしょう」



そう言って木べらでソースをクルクル混ぜるナマエ。そんな彼女を横目にリヴァイは食器棚へ向かうとディナープレートを二枚とサラダボウルを取り出した。



「今日の所はそれで良いんじゃねえか」

「うーん…」

「また今度挑戦すりゃあ良い」

「そうですね、リヴァイさんの焼いてくれたお肉も冷めちゃいますしね」

「ナマエ」

「はい?」

「サラダと、あとパンを頼む」

「了解です」



リヴァイからサラダボウルを受け取ると、水に晒しておいたレタスへと手を伸ばす。この時期になるとさすがに水が冷たい。食器を洗う時はリヴァイが温水を出してくれるが、サラダを用意する時はそんなことを言っていられない。

ナマエは時々水の冷たさに手を引っ込めながらも、サラダボウルにレタスと切っておいたパプリカとプチトマトを乗せると、ドレッシングと共にテーブルへと運んだ。



「ナマエ」

「はい?」



また名を呼ばれリヴァイの元へ近づくと、彼は水道の水を捻り、給湯器のスイッチを押した。およそ数秒で湯気が登る。それを確認するとリヴァイはナマエの手首を掴み温水へと晒した。サラダの準備ですっかり冷え切っていた手は段々と温かさを取り戻していく。



「温めるだけなんて勿体無いですよ?」

「そのままにしたら手が荒れるだろ」

「ありがとうございます」



じんわり感じる暖かさに、ふふとナマエが笑うとリヴァイは彼女の手首から手を離し、やりかけだったメインをプレートに盛り付け始めた。

少し温まった所で温水から手を離すと水を止めタオルで手を拭う。予め用意されていたパンプレートにスライスしたフランスパンとバターロールを乗せテーブルへと運んだ。



「何か飲むか?」

「いえ今日はお水で」

「なら俺も水にするか」

「あ、でもリヴァイさん飲みたければ気にせずどうぞ!」

「いや、次の機会に取っておく」



盛り付けたメインをテーブルに置くとグラスを出し、ミネラルウォーターを入れるリヴァイ。ナマエはフォークとナイフを用意すると先に椅子へと腰掛けた。



「食うか」

「はいっ」



待ってましたと言わんばかりに両手を合わせたナマエの前にグラスを置くと、リヴァイも向かいの席へと腰掛ける。少し大きな声で「いただきますっ」を言う彼女。それに対し小さな声で同じ言葉を繰り返すとリヴァイはフォークとナイフを手に取った。



「んーっ、柔らかい!リヴァイさんお肉の焼き方がどんどん上手になりますねっ」

「何度もやってりゃコツぐらい掴める」

「室温に戻す、とかですか?」

「それは基本だな……このソース、やっぱり近いな」

「わー!嬉しいです!あと少しなんですけど、何が足りていないのか分からず…」

「レモンをライムにしてみるか?」

「少量の寿司酢っていうのもいいかと思うんですよね」



お互いに案を出しながら。次の買い出しで買うものを決めていく。

リヴァイの家で二人で料理をするようになってどれくらい経ったか。回数をこなすに連れてお互いの腕はどんどん上達していく。知識も増えていく。



「サルサヴェルデもいいですが、今度は久しぶりにボロネーゼに挑戦しましょうか」

「パスタか。個人的にはレバーペーストも捨て難いな」

「あっ、いいですね!パンもフォカッチャとかロゼッタを焼けたら良いんですけどね」

「ふん、焼くのは難しいだろ。パン屋の物で我慢しとけ」

「そういえばリヴァイさんって、バターの多いパン苦手ですよね」

「お前が好きすぎるだけじゃねえか」



お互いの好みも。もう把握している。買い物に行ったら言われなくともお互いの好きなものを、当たり前のようにカゴに入れる。当たり前のようにリヴァイが袋を持ち、ナマエが預かっていた鍵でドアを開ける。そして二人で料理をし、意見を交わし。



「次はレバーペーストだな」

「レバーペーストとパンだと少ないので、スープも作りましょうか?」

「ミネストローネ辺りが妥当か」



それだけの関係。

買い物をして、料理をして、食事をする。それ以外は何もない。身体の関係はもちろん、泊まったことすらない。それを不思議だと思わない、違和感すら感じない。

これが当たり前だとお互いに思っている。