「ナマエ」
「…」
「ナマエ?」
「…」
「ナマエ」
「…っ!?」
呼ばれていたことに気付き、慌てて顔を上げると私の顔色を伺ったのか、近距離にあるエルヴィン団長の顔に、私は半歩ほど後ずさってしまった。
「すみません…」
「どうした?ぼんやりしていたようだが」
「いえ…何も…」
そう言うと、エルヴィン団長は含み笑いをしながら椅子に腰掛ける。
団長に呼ばれここへ来て、仕事の話しをしていたのに頭がぼんやりとしてしまい、気付いたらこの様だ。
「何もない、という顔はしていなかったが」
「そんなことは…」
「ふむ…私の予想だと原因は先程受けていた、異性からの告白、といった所か?」
「………覗き見は、悪趣味です」
まさか見られていたとは思わず顔を背ける。別に知られたくないような、やましい事ではないのだけど。
自分の直属の上司に知られるというのは、ほんの少しだけ恥ずかしい。
「すまない、覗くつもりは無かったんだが」
「……」
「ちょうどナマエを探していた所だったからな、偶然だ」
「いいです、別に…」
口ではそう言いながらも団長の顔が見れないのは、相手が団長だからだろうか。それとも気恥ずかしさからか。
「君が前から多くの異性に想われていると聞いた事はあったから、そこまで驚きはしなかった」
「それを言ったのはハンジさんですね?」
「ほう、鋭いな」
「あの人は、もう…」
歩く広報のような人だ。これでは団長相手に隠し事の一つも出来ない。はあ、と溜息をついた。
「どの想いにも応えていないのか」
「まあ、はい…」
「ほう…想われること自体が煩わしいという顔だな」
「!」
「図星か?」
本当に、隠し事の一つも出来やしない。
「私としては、君にいなくなられては困るからな。有り難いが」
「…」
黙ってしまった私に団長が苦笑いをする。「すまない、話題を変えようか」という優しい提案。
その提案に乗ってしまえば良いのに、胸に溜まったモヤモヤが渦巻いてどうしようもない。
こんなこと、直属の上司であるエルヴィン団長に言うべきではない。そう頭では分かっていたのに、気付いたら言葉をポロポロとこぼしてしまった。
「…勝手に、離れていくんです」
「…」
「勝手に好きになったくせに、こちらが断ったら勝手に距離を取るんです」
ぐるぐると、回るのは。捻じ曲がった私の原因になった人。忘れようとしていた事。でも忘れられない。今となっては昔の出来事。
「嫌なんです…離れていくなら好きになんてならないでほしい…勝手に想いを寄せないでほしい…」
「…」
「取り消して欲しい、って言うなら最初から何も言わないでくれれば…」
寂しさと、説明の出来ない罪悪感を感じるのは、いつも私だ。
「ナマエ」
「!…ご、ごめんなさい…私余計なことをベラベラと…」
「…いや、構わない。普段聞くことが出来ない君の本音だ」
申し訳なくて俯く私に団長は再び優しい声で「ナマエ」と名を呼ぶ。
「君は私を信頼しているか?」
「勿論です、団長はどの兵団よりも、一番です」
エルヴィン団長の直属になってから分かったのは、この人がいかに聡明であるか。誰よりも兵団の事を考えていて、誰よりも賢くて、誰よりも心が強い人。
学ぶ事が多すぎて、私は後をついて行くのが精一杯。
「私にとっても、ナマエは一番だ…信頼している」
「光栄です」
「だが少し意味が違う」
「え?」
カタンと音を立て、団長はゆっくりと立ち上がると、私に手を伸ばす。
頬に軽く触れ、輪郭をなぞるように動く指先。クイと顎を持ち上げられ強制的に団長と視線を混じらせる。何故か私は動くことが出来ない。じっと見つめられる瞳を思わず凝視してしまった。
この瞳は知ってる、この熱のある瞳を私は知ってる。
「俺が、君を好きだと言ったらどうする?」
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