駐屯兵団の人間に言って呼び出してもらった昔の友人は、ナマエの顔を見た瞬間とても驚いたあと、すぐに気まずそうな顔をして見せた。

予想通りの反応。当たり前だ。そう分かり切っていたナマエは男の反応に傷付くことはなく、ただ相手の顔を見返した。



「久しぶり」

「ああ、久しぶり…調査兵団での活躍は聞いてるよ。今は団長補佐だろ?すごいな」

「そんな事ない。私は自分に出来ることをしてるだけ」

「昔と変わらないな」



そして沈黙。

男は早々にここから立ち去りたいのか、周りを伺うように辺りをキョロキョロと見渡す。対照的にまっすぐ男を見るナマエ。目が合うが、男はすぐに逸らした。

そんな様子を黙って見ていたナマエ。あまり呼び止めていても申し訳ないと思い、本題を切り出した。



「謝りにきたの」

「え、俺に?」

「そう。昔…解散式の時、私はあなたに酷い態度をとったから」

「…っ」



そうだ。解散式の日。あの時も同じように断ったのだ。気持ちがないから、突き放した。相手の気持ちを少しも汲み取らず、感謝することもせず。

取り消して欲しい、という男の必死の強がりに。

あからさまに顔を歪め、睨みつけたこと。



「ごめんなさい、身勝手だった…今更と言われるかもしれないけど伝えたかったの」

「…」

「訓練兵時代、気を使ってくれてありがとう。一人でいた私を輪の中に入れてくれてありがとう」



まっすぐに見つめてくるナマエに、男は戸惑う。泣きそうになる。真摯に言葉を紡ぐナマエは昔と変わらないように思えて、全然違う。

言葉に暖かさを感じる。



「私みたいな人間を、想ってくれてありがとう、好きになってくれてありがとう」

「…っ」

「気持ちに応えられなくてごめんなさい」



そう言って頭を深く下げたナマエ。

男は、泣きそうになるのを必死に耐えるがどうにもうまくいかない。「ナマエ」と呼ぶ声が震えている。自分でも分かる。けれどナマエと同様に男も伝えなければならない事があった。



「謝るのは…俺の方だ…」

「え?」

「断られて苛々して、ナマエを仲間から外すような事をした…被害者ぶって、周りを味方にして…っ」

「…」

「一番ガキで、一番卑怯なやり方で傷付けたのは、俺だ…!」



ぼろっと溢れる涙をナマエは目で追うようにして眺めていたが。男が「俺のせいで、」と言葉を繋げた時。それを遮るようにナマエは口を開いた。



「いいよ」

「…、」

「もう、いいよ」



突き放す言葉ではない。暖かく。

気にしてないから
責めてないから
大丈夫だから
私も悪かったから

それら全てを含め、ナマエは男に「もういいよ」と呟いた。



「昔みたいに戻れないのは事実だけど」

「…」

「でも、大丈夫。だからもういいよ」



そう言って、少し口元を緩めて見せたナマエ。

違う、と気付いた。

あの時の彼女ではない。

冷たく無感情のままに突き放した彼女とは違う。鉄のようだと感じていた彼女はいつの間に溶かされていたのか。誰に変えられたのか。

その暖かさが、彼女の本当の姿なら。



「悔しいな、本当…」

「どうして?」

「色々だよ……色々混ざって、色々悔しいんだ」

「そう」



本当の彼女を見抜けなかったこと、気持ちのままに傷付けたこと。自分の鈍さと愚かさ。色々な感情が男の中に渦巻く。本来の暖かさを知ってしまったから余計に。



「ごめんなさい。呼び出しておいて悪いんだけど、私もう行かないといけないの」

「ああ、仕事か?」

「…うん…団長が、帰ってくるから」



何処か恥ずかしそうに、はにかんで見せた彼女の反応に男は目を見開く。分かった。今の一瞬で気付いた。彼女を変えた存在を。

ナマエという、本当の彼女を見つけ出した存在を。



「…本当悔しいな」

「え?」

「いやっ。それなら早く戻らないと、だな」

「うん」



そう言うと背を向けるナマエ。一歩二歩と歩き出し、少しした所で立ち止まると、ふと振り返り再び男と目を合わせた。



「またね」



ゆらゆら、と。片手を振るナマエに呆気に取られている隙にナマエは再び背を向け、今度こそ、その場を離れて行った。



「本当の、彼女か…」



呟いた言葉は誰にも届かないまま。