私はナナバ、君の願いを叶える為にやってきたんだ。これからよろしくね
スゥと大きく息を吸って、ハァと吐き出す。
何回繰り返したか分からないが相変わらず心臓の音は早く鳴っていて落ち着きがない。今日までしっかりと準備を進めてきたし、見落とした部分は無いはず。
髪の毛もメイクも、全部プロの人がやってくれたから。大丈夫、大丈夫。
そう自分を落ち着かせて何度目になるか。もう一度深呼吸をしようと大きく息を吸った。
コンコン
「っ…はい」
「ご新婦さま、ご新郎様がお越しですよ」
「あっ、通してください」
「かしこまりました、お時間になったら呼びに参りますので二人でゆっくりとお過ごしください」
年配の介添人さんと入れ替わるように入ってきた靴の音。コツコツと音を立てて近付いてくる。その音が心臓と同じように鳴るものだから、なんだか妙に緊張してしまいまた大きく呼吸をした。
「そんなに深呼吸ばかりしていると過呼吸になってしまうよ」
「ナナバ…!」
「もう少しリラックスして」
そう言って私の肩に両手を添える。
鏡越しに目が合い、ナナバが微笑むと私の張り詰めていた緊張の糸は少し緩くなった。
「似合うね、タキシード」
「君こそ、よく似合ってる。ぴったりだ」
「ダイエットしたからね」
「しなくても、きっと名前なら似合っていたよ」
甘い言葉を囁かれると私の頬は熱くなってしまう。視線をふらふらと彷徨わせながら「そうかなぁ」なんて誤魔化してみるけど「そうだよ」と囁くナナバは相変わらず甘い。
「そういえばさっき、親族控え室に君の妹さんがいたんだ」
「え、ほんと?」
「大人っぽいクリームベージュのドレスを着ていたよ」
「わあっ、絶対写真撮らなくちゃ!」
「そうそう、その調子でリラックス」
「ありがとう……ねえナナバ、手を握ってもいい?」
「ああ、いいよ」
差し出された手を、両手でギュッと握りしめる。
出会った時はあんなに小さい手だったのに。いつの間にこんなに大きくなったのか。手だけじゃなくて、身体も大きくなった。パタパタと揺れていた可愛らしい羽根は消え、男の人らしい広くて大きな背中。
ナナバは私と生きていく選択肢を選んでくれた。
せっかく願いを叶えたのに、一人前になったのに、今まで積み重ねてきた努力を全て捨て、たった一人の人間となって私を選んでくれた。
「不思議だね、あんなに小さくて私の肩に乗ってたくらいだったのに」
「名前が少し小さくなったんじゃないかな」
「ふふ、そうかもね」
二人で笑いあって、目を合わせて、また微笑む。
くすぐったくなるような幸福感を、これからもずっと分かち合っていける。今度は同じ目線で、見つめ合う事ができる。愛し合う事ができる。
コンコンッ
「っ、はい」
「お二人共、そろそろお時間ですのでご準備しておいてくださいね」
私達を見て、ニッコリと笑うと介添人さんは用件だけ伝えすぐに出て行ってしまった。
慌てて放したが、手を握っている所を見られたかもしれない。羞恥で少し頬を熱くしているとナナバの「見られたね」という声が耳に届き、余計に顔が熱くなる。
「今からそんな状態じゃあ、誓いのキスの時はもっと大変だ」
「そ、それは平気よ…!」
「練習でもしておく?」
「ええ…!?」
優しく手を引かれ椅子から立ち上がる。ボリュームのあるドレスがふわりと揺れた。
「…本当にするの?」
「ああ勿論」
「もう」
ナナバは言ったら曲げない。妖精だった頃から私が無理と断っても「いいから頑張って」と言って背中を押してくれた思い出がある。
仕方ないか、と諦めて向かい合うと改めて肩に両手を置かれドキリとしてしまう。そんな私を見てナナバは柔らかい笑みを浮かべた。
「名前の願いを聞かせてほしい」
「え、」
「私は君の願いを叶える為に君と生きていく事を選んだんだ」
「これは私なりの誓いの言葉かな」と。まるで初めて会った日のように微笑んで。私の願いを叶えると言うナナバに、じわりと涙腺が熱くなる。
私の願いなんて、もう叶えてくれたのに。叶えて一人前になったからこうして一緒にいられるのに。まだ叶えてくれるというの。
「ナナバ、」
「うん、」
「私の願いはね、ナナバと、ずっとずっと、一緒に生きていくこと…」
「名前…」
「ナナバと生きていく未来が私の願いごと」
それでいい。それだけでいい。
他には何も望まない。
あなたがいれば
名前の願い、一生を賭けて、私の全てで叶えるよ
そう呟いたあと、優しくキスをしてくれた。
2016.09.16
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