どうして何も言わなかったんだ?
最初、会ったときじゃなくても。過ごしていく中で言ってくれてよかったんだ。例えば俺の傷を治してくれた時。自分の生まれ持った大きな魔力のことを俺に打ち明けてくれた時、言ってくれてよかったんだ。本当のこと全部。
両親はただ亡くなったんじゃなくて、ウータイの連中に殺されてしまったこと。ナマエ自身が研究のためにずっと地下に監禁されていたことも。マテリアで必死に抵抗して、研究所を逃げ出したこと。その後、俺に出会ったこと。
全部全部全部。言ってくれてよかったんだ。そうすれば俺は、もっとお前に、もっと‥
違う。
違う、そうじゃない。何で、何で、何で。何で俺は気付いてやれなかったんだ。
ずっと一緒にいたのに。ナマエの一番近くにいたのに。一番俺が近かったのに。誰よりも、俺が。なのに、何で俺は。
思えば始めからずっと、ナマエの話しに、行動に、違和感を感じていたのに。
「‥ッ!」
ヘリポートに機体が着陸する前にヘリから飛び降りる。コンクリートに着地すると、その勢いのまま地面を蹴った。
地下の研究所から抜け出してすぐに、ヘリの操縦士に怒鳴り声で急いで神羅へ戻るよう言った。俺の気迫押されたのか何なのか、操縦士は慌てるようにヘリを飛ばした。その間、中で色々考えた。だけどどれだけ考えても答えなんかでない。それよりもナマエの最後の言葉が胸を覆い、どうしようもなく気分が悪かった。
エレベーターなんて待ってられず、ひたすら彼女の部屋まで走った。
願った。彼女がいつものようにソファーに腰掛けて俺を迎えてくれることを。星のようにキラキラした瞳に笑みを浮かべ「おかえり」と言ってくれることを。ただ願った。
「ナマエッ!!」
ガンッ、と扉を弾き飛ばすように開けるとそこにナマエの姿は無く、いるのは別の人間達。数分前の俺の願いは音を立てて崩れる。
中にいたのは望んだ彼女ではなく宝条の科学班の研究者達。部屋の中によく分からない機械を持ち込み、クローゼットやスチール製の机。それら彼女の私物の隅々を調べる学者達の姿に答えがはじき出される。
ああ、ここの連中にとってもウータイと同じで、彼女の存在はただの研究材料でしかなかったのか。
瞬間、頭の中がカッと熱くなるのを感じた。
「お前らここで何してんだよ!!ナマエは、ナマエはどこにいる!?」
「ひっ‥!」
一番近くにいた学者の襟首を掴むと力任せに引き寄せる。彼らがここで何をしていたのか、なんて今はそんなことどうでもいい。今の俺に必要なのは彼女だ。彼女が無事だという事実を、見て、言葉を交わして、自分で触れて納得したかった。
「あの女なら‥ほ、宝条博士が先程‥研究室の方に‥ぐっ」
「くそ‥っ!」
学者からそこまで情報を引きずり出すと力任せに手を離しナマエの部屋を飛び出した。
研究室へは階段を使ったほうが早い。いや、エレベーターなんて待っていられない。
頭の中にはさっきの任務地で見たレポートの内容が浮かび上がる。それと同時にナマエの今までの行動や仕草や言葉、それら全てと照らし合わせるように重なりそして消えた。まるで今まで感じていた引っ掛かりの謎が一つ一つ解けていくようだった。
心のどこかで泣きそうになるのを必死に耐えた。奥歯を噛み締めて階段を駆け上がることで耐えた。そうでもしないと自分が本当に泣いてしまいそうだったから。
ナマエは、いる。存在している。そう何度も繰り返した。
「‥ッ!!」
あと少しで研究室。あと少し、その所で足が止まった。いや止まらざるを得なかった。目の前にいるのは、進路を阻むのは神羅の一般兵の姿。その奥に研究室のドアが見えた。
宝条にでも言われたんだろう。道を譲る気は無いらしく、それどころか各々の武器を手に取るとその先を俺へと向ける。その姿に無言で背の大剣を構えた。
頭の中が急速に冷えていく。この感覚をまさか神羅内で味わうことになるとは。静かに息を吐き出し一瞬目を閉じる。一秒も経たず目を開くと一歩、大きく足を踏み出した。その刹那、全てが動き出す。
「‥っ」
飛んでくる弾丸を避け素早く間合いに入ると、ライフルを構えた兵の首を手で掴み壁へと思い切り叩きつける。その瞬間、背後から切りかかってきた別の兵。片方の手で先程の兵の首を掴んだまま、もう片方の手で大剣を強く握り締め切りかかってきた兵の胴へと突き刺した。
血飛沫が舞う。それが自分へと被るより前に大剣を引き抜くと重心を低くしたまま駆け出し、兵達の後方ででライフルを構え待機していた二人の兵をまとめて切り倒した。
殴り飛ばし、切り落とし、踏み潰し。次へ次へ、と繰り返している間に気付けばその場に立っているのは自分一人だった。
はあはあ、と荒く続く呼吸を立て直す。驚いた。いつもの倍、いやそれ以上の力が自分から溢れ出ているようだった。まるで細胞中が活性化しているような‥。
いや、そんなことを考えている暇はない。大剣を大きく振り、血を飛ばすと背負いなおし、再び地面を蹴った。
「ナマエ‥!」
ガラスのドアの前に立ち彼女の名前を呼ぶ。研究室は大きな分厚いガラスの壁とドアで出来ていて、ちょっとやそっとの打撃や魔法では簡単に砕けないよう加工が施されているらしい。そのガラス越しに中の様子がこちら側から見えた。自動ドアのはずなのに開かないのは内側からロックがかけられているからだろう。
「ナマエ!!」
焦燥する気持ちは隠すことが出来ず、さっきよりも数段大きい声で、まるで叫ぶように彼女の名前を呼んだ。
それと同時に振り返ったのは中にいる大勢の学者達。宝条の姿はそこには無い。どこにいるのかは分からない。ドアに手を付き立つ俺の姿を見て、学者達の表情に困惑と焦りの表情が浮かんだのが見えた。たくさんの視線が俺に刺さる。
その中に、星のような煌めきを持つ瞳と目が合った。
「ナマエ‥っ」
いた。
安堵と喜びと。その二つが混じった声が漏れた。ナマエは俺の姿をしっかりと捉え、状況を理解すると、信じられないような顔をした後、眉間に皺を寄せ今にも泣きそうな表情を浮かべて俺の方へと足を踏み出した。
「何でここに関係者以外が来ているんだ‥!」
「外の警備はどうなっている!?」
「外の映像モニターに映し出します!‥っ‥‥ぜ、全滅ッ‥外の警備全滅です‥!」
「何だと!?すぐに応援を呼べ!」
「ザックス‥!」
ざわざわと動き出す学者達の間を潜り抜けるようにして出てきたナマエは俺の名前を呼び、前に立った。彼女の声がいつもより曇って聞こえるのはきっとこのガラスの壁のせいだ。
「なんで、何でザックスがここにいるの‥っ?任務は、任務に行ってたんじゃ‥!」
「戻ってきたんだ、」
「え‥」
「心配で、ナマエが、ナマエの顔が見たくて、戻ってきたんだ」
「‥っ」
「何だよ、何でさっきからそんな泣きそうな顔してるんだよ」
まるで、軽くつついただけで泣き出してしまいそうな表情をするナマエに、俺は少し困ったように笑みを浮かべる。この分厚いガラスの壁さえなければ、今にも泣きそうな顔をする彼女を抱きしめてやれるのに。いくら触れようと手を伸ばしてもそこには無機質な冷たさがある。
「‥泣きそうなのは、嬉しいからだよ‥ザックスに会えて、来てくれて、嬉しいからだよ‥」
「そっか‥‥ナマエ、あのさ‥」
「なあに‥?」
「俺さ、少しの間任務とか休むからさ、ソルジャーとしての任務だけじゃなくて、それ以外の仕事とかも当分休むからさ‥」
「うん‥」
「だからさ、どっか遠くに出かけようぜ?」
「‥、」
「そうだ、バカンスとかさ、いやもっと静かな所でもいいからさ‥」
「‥」
「それでさ‥たくさん、話しをしよう‥たくさん‥」
「‥話し‥?」
「ああ、俺さ全然知らないだろ?ナマエの、昔の事とかさ‥‥だから、たくさん話しをしよう」
あんなレポートじゃない。ナマエの口からナマエの言葉で聞きたいんだ。それが例えレポートの内容と同じだったとしても構わない。俺は彼女自身の言葉でそれを聞きたいんだ。それ以外にも今までの生活の中で感じたこと思ったこと、全部聞きたいんだ。
「‥うん、」
「‥」
「うん、うんっ‥‥私もザックスにたくさん話したいことがあるんだよ‥話せてない事があるの‥聞いてほしい、ことが‥たくさん‥っ」
「ああ、俺ちゃんと聞くからさ‥それに俺も話したい事が、聞いて欲しい事がたくさんあるんだ‥‥だからそんな所で泣いてないで、こっち出て来いって」
彼女が泣き出す。ぽろぽろと溢れるそれを拭ってやりたいのに手が届かない。そんな風に泣くから、彼女が泣くから、俺の声も震えた。
「ナマエ、頼むから、こっちに出てきてくれ‥頼むから‥っ!」
「‥‥」
歪みだす視界の中で、彼女が小さく首を横に振るのが見えた。
「っ‥何で‥!」
「‥、‥めん‥‥‥ごめんね‥」
「っ、なに謝ってんだよ!お前は何も悪いことしてねぇだろ!」
「ごめん‥ごめん‥‥本当のこと隠しててごめんね‥あなたに、ザックスにこんな辛いことばかりさせてごめんね‥っ‥!」
「だから、謝るなって!本当のことなら、ちゃんと後で聞くから!!ナマエが出てこないなら俺が行ってやる!こんなガラスの壁壊してやるから!!」
「‥ザックスなら、このガラスの壁がどんなものか知ってるでしょ‥っ?」
寂しそうに、泣きながら笑う彼女の言葉を無視して背の大剣を再び握り締める。ああ、視界が歪む。何度拭ってもすぐに歪む。
「‥あの時のザックスからの質問、今ならちゃんと答えられるよ‥!」
「‥そんなの、後でも‥!」
「今なの!今なんだよ!‥私は、ずっと閉じ込められて、辛いことも多くて、泣いてばかりだったけど!でもちゃんと幸せだったよ!ウータイに捕まってるとき、一人で寂しかったけどっ‥でも、あそこに閉じ込められてたから、ザックスに会えたっ‥!!」
「‥ッ!」
「ザックスに会えて、話して、過ごして、受け入れてくれて、私は幸せだった!‥幸せをくれたのはウータイじゃない‥っ‥私の幸せは、いつも」
「あー、だからその、いいことって言うか‥嬉しくなるような、笑っちゃうような‥あ、幸せみたいなやつ!ナマエにちゃんと幸せをくれましたか!?」
「私の幸せはいつも、ザックスがくれたんだよ!」
今すぐに、触れたいと。抱きしめて、離さずずっと一緒に、と。そう願うのに。
「私はっ‥もう、いなくなってしまうけどっ‥でも、幸せだったよ‥」
「‥いなくなるとか、そんなこと言うな!俺が、すぐ連れ出してやるからっ!!」
ガラスの壁に向けて大剣を振り上げる。
「‥ザックス、私ね、わたし、ね‥‥恥ずかしくて言えなかったけどね‥ザックスが、‥‥ザックスのことが、大好きだよ」
俺が背後から来た応援の兵達に取り押さえられるのと、ナマエの身体が学者達の手によって壁から引き離されるのがほぼ同時。
研究室には視界を遮断する無機質なシャッターが全面に落とされた。
「‥ナマエ、ナマエっ‥‥あっ‥‥‥‥ぁああああああああああああああ!!!」
響いたのは、俺の声。
|