「すーこーぉーるー?」



少女はひょいと顔をのぞかせて大好きな彼の部屋を覗き込んだが、そこにはお目当ての彼の姿は無く、少女の表情が少しだけ寂しそうな色を帯びた。けれどいないのでは仕方ない。ててて、と再び可愛らしく音を立て走り出す。

図書室にもいなかったし、食堂にもいなかった。ということは訓練施設だろうか?特に用が無い時、彼はそこで鍛錬をしている。思い出すとナマエは足を訓練施設へと向け走り出そうとしたが、自然と足が止まった。



『いいか、危ないから一人で訓練施設には行くな』


「‥‥むう」



スコールから言われた言葉を思い出しナマエは軽く頬を膨らませた。

会いたいのに一人で行ける場所に彼はいなくて、一人じゃ行けない場所に彼がいるなら少女にはどうしようも出来ない。約束を破って彼を怒らせるようなことはしたくない。どうしようか、と少女が幼い思考を悩ませた時だった。



「まったく、ガーデンの案内ならこの前したばかりだろ‥」

「えー?そうだっけ?まあいいじゃありませんか、たまには!」

「アンタの場合、たまにじゃなくていつもだろ」



はあ、と重々しく溜息をつくその声にナマエは小動物のように反応すると嬉しそうに笑いすぐに走り出した。が、彼の姿を大きな瞳で捉えるとナマエの表情から笑みは消え、足は段々と遅くなりついにはピタリと立ち止まってしまった。



「スコー、る‥?」



探していた彼をようやく見つけることが出来、嬉しくてたまらないはずなのに少女の胸の中は不安と困惑で彩られる。



「んー?ねえねえスコール、あの女の子もガーデンの生徒さん?」



普段なら駆け寄って抱きつくナマエの足を止めたのは一人の女性の姿。茶色のメッシュが入った黒髪に青い服を身に着けたリノアの姿。

ガーデンでは見たことのない人。普段は自分がいるはずのスコールの隣りにその女の人がいる、ということがナマエの不安を煽った。



「女の子?‥‥ナマエ、」

「ほうほう、ナマエちゃんって言うんだー」


「‥っ」


「およ?」



腕を広げながら自分へと近付いてきたリノアに、ナマエは一度だけ身体を震わせると、彼女の横をすり抜けスコールの足にひしっ、としがみ付いた。幼い少女の様子にスコールは少しだけ首を傾げると、目線を合わせるようにその場に片膝を付く。



「ナマエ、どうした?」

「‥、」

「お、おい‥」

「あららー」



顔を覗き込めば突然、首元にきゅうと抱きつかれスコールは困惑した表情を浮かべたが、落ち着かせようと少女の背中を優しく撫でてやった。



「ナマエ?」

「‥」

「黙ってたら分からないぞ」



そう言われても頑なに口を閉ざしたままスコールから離れようとしないナマエの姿に、リノアは何となく少女の気持ちを察したのか「ふむふむ」と悪戯っ子のように笑うと、ナマエへと両手を伸ばした。



「えい!」

「あ‥やっ」

「おい、リノア‥っ」



引っ付き虫のようにしがみ付いていた少女を、リノアはべりっと無理矢理剥がす。突然のことにナマエは抵抗するが所詮は大人と子供。抵抗しても意味を成さずスコールから引き離されてしまった。

リノアはナマエを抱き上げたままスコールから少し離れた場所に降ろすと、今度は自分がスコールへと駆け寄り、何を思ったのかいきなり彼の腕を取った。



「おい、リノア?」

「ふふんっ」

「あ‥、」



スコールの隣りで満足げに笑ってみせるリノアに、ナマエは一瞬驚いた表情をした後、頬を膨らませてリノアのことを睨みつけた。その可愛らしくて幼い反応がリノアを楽しませていることに気付いていない。

さあどうするナマエちゃん!なんて心の中で考えながらリノアは大人気ない笑みを浮かべナマエの反応を待った、が。



「‥っ、」

「あれれ?」



ナマエ目から鋭さが消えると寂しそうな悲しそうな表情をしたあと顔を俯かせ、ギュウ、と自分の服の裾を握り締めてしまった。ふるふる、と肩が震えてるようにも見える。



「‥ひっ‥ぅ、」

「!‥ナマエッ」



小さな嗚咽が聞こえると同時にスコールはリノアの腕を振り解きナマエに駆け寄った。

声を押し殺しながらぼろぼろと大粒の涙を流すナマエをスコールはゆっくりと抱き上げ、その小さな身体を抱きしめてやる。するとナマエはスコールの黒のジャケットを小さな手で掴むと「うあーんっ」と歳相応の声を上げて泣き出してしまった。



「す、コール‥いっちゃ‥やぁっ‥!」

「ああ、ここにいる」

「ひっく‥ふ、え‥っ」



大好きな彼が奪われてしまったような感覚がナマエのことをどうしようもなく悲しくさせた。きゅう、と必死にしがみ付いてくるナマエを慰めていると、リノアがそろそろとスコールに近付いた。



「やりすぎちゃいました?」

「‥やりすぎもいい所だ」

「あははー‥まさか泣いちゃうとは思わなくて」



「ごめんねー」と苦笑いを浮かべるリノアにスコールは大きく溜息をついた。未だにひぐひぐと鼻を啜りながら泣き続ける少女の背中を優しく撫でる。



「ガーデンの案内ならゼル辺りにしてもらえ」

「ナマエちゃん優先?」

「当たり前だ」

「即答ですかー」

「‥誰のせいだ?」

「悪ふざけしすぎた私のせいですね」

「分かってるならいい」

「許してくれる?」

「ナマエが許すなら許す」



はっきりとそう言ってのけるスコールにリノアは「どっちにしてもナマエちゃんにはお詫びしなくちゃね」と再び苦笑いをした。まさかちょっとからかうつもりが大泣きされてしまうとは思わなかった。

ナマエが自分とスコールの関係を勘違いしたのはとりあえず、これじゃあ嫌なイメージついちゃったかもなあ‥とリノアは自業自得ながら小さく溜息をついた。



「あ、スコールはどうするの?」

「ナマエが落ち着くまでは自分の部屋にいるさ」

「ご迷惑をおかけしました」



「以後気をつけます」と言って頭を下げるリノアを横目に、スコールはナマエのことを抱きなおす。まだ小さな嗚咽を漏らしているがだいぶ落ち着いた様子の少女に、スコールは安堵の笑みを浮かべた。

そんなスコールの表情を見てリノアは「へー」と呟いたあと、どこか楽しげに笑って見せた。






(お互いに)
(お互いが)




‥そう、見えるか?

うん、バッチリ

そうか


‥ところでスコール

何だ?

ナマエちゃんいくつ?

まだ六歳だ

うん、せめてあと十年は待とうね?

‥‥

20100604