後日改めてシーマーレのボスに今日の報告も兼ねて話しをすることになり、今日のところは帰ることになった人魚。迎えは骸だったが帰りは別の部下に任せることになり、彼女とその部下が部屋を出ると自然と五人は部屋に残る形になった。
「隼人」
「え、あ・・な、なんですか十代目・・?」
「談合のとき一言も言葉を発さなかったけど、どうかした?」
「いえ、別になんでもないっすよ」
「そう?」
普段の彼だったらボスが来なかった時点で雲雀よりも先に文句を言い出すはずなのに、そんな彼が今日は何も言わなかった。そんな獄寺が気になり、人魚が部屋を出たあとすぐに声をかけたのだが、誤魔化すように笑う獄寺。
ひとしきり笑い終わると、懐かしそうなだけど辛そうな、そんな表情をする彼を綱吉は不思議に思い少しだけ首を傾げた。
「それにしても可愛らしい子でしたね」
「ん、ああ・・そうだな」
が、骸の言葉に綱吉の思いは離れ、先程部屋を出て行ったばかりの少女のことを思い出した。
最初部屋に入ってきたときのような緊張で固まった表情ではなく、安堵の笑みを浮かべて深々と頭を下げて出て行った人魚。見ていた綱吉達まで自然と頬が緩んでしまうような笑顔だった。
頬を緩ませなかったのはそっぽを向いていた雲雀と、何か難しそうな顔をしていた獄寺のみ。
「ふーん・・あんな子でもマフィアってできるんだ」
「でもさ雲雀、それ言ったらランボだってマフィアだぜ?」
「・・山本、それ微妙にランボに失礼だよ」
「ん?そっかー?」
ははは、と中学のころからなんら変わらない笑みを見せる山本に綱吉は呆れ混じりに笑った。
「それにしても綱吉」
「ん?」
「彼女には随分と優しかったじゃないですか」
楽しそうに笑い、どこか探るような視線を向けてくる骸に綱吉はキョトンと瞬きをくり返す。
「優しい、というより甘いですね」
「ああ、それ僕も思った。珍しいよねあんな君は」
二人の言葉の意味を何となく理解すると綱吉は小さく息を吐き出し、椅子から立ち上がりと近くの窓辺へと歩み寄った。
「別に特別優しかったわけじゃないですよ。・・ただ」
窓から下を見下ろすと、すぐそこはこの屋敷の玄関。
黒の見慣れない車が数台止まっていて、すぐ近くには屋敷から出てきたばかりの人魚がいる。綱吉が見てることに気付いてないのだろう。外で待機してくれていた自分の部下達に嬉しそうに何かを報告している。きっとこの談合の報告だ。
少女が話し終わると、部下の顔が驚きから歓喜の表情に変わる。
人魚に対し労うような表情を浮かべ賛辞の言葉をかけたりする者もいれば、感極まったのか頭を撫でる者までいる。するとそんな部下の手を、彼女の側近であるオトラントが払いのける。
人魚はそんな様子を見て困ったように笑うと、部下達に促され車へと乗り込んでいった。
「・・ただ、何?」
「ただ・・昔の俺と、どことなく似てたから優しくしたくなっただけです」
きっとこれから自分の父や仲間が待っている家へと帰り今日のことを報告するんだろう。そしてさっきの部下達と同じように喜ぶ家族を見て、人魚もまた嬉しそうに笑うんだろう。
どんな小さなことにでも喜び笑う。無邪気で純粋なその姿が今となっては遠い過去の自分と重なり、綱吉はどこか胸の中が暖かくなるのを感じた。
「本当にそれだけでしょうか?」
「・・骸は深読みしすぎなんだよ」
「僕は昔の君より、さっきの子の方がしっかりしてると思うけど」
「クフフ、それは言えてますね」
「あーもー、勝手にしろ」
そんな三人を眺めながら山本は楽しげに笑うが、その気持ちはどこか遠くにあった。今日は彼を縛り付ける象徴である物はどこにも無い。だからこそ心が揺れる。
心の深いところで、一致しそうになる記憶と現実の中の存在を必死に引き離し封じ込めることで、いつもの己を保つ。
封じ込めていかなければならない。目の前に繰り広げられる穏やかな空気を守るためなら、抗うことなどしてはならない。
あの時の幻のような記憶も、身の内に宿る想いも、動き出してしまいそうになる己の身体も、全て封じ込めなければならない。
夢幻の存在に、心を揺らすことは許されない。
(深い意識の中で呟いた)
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