伝えなければいけないこと、謝らなければいけないこと。まだ何一つ伝えられていない。
目は覚ましているだろうか、それともまだ眠っているだろうか。身体は平気だろうか、誰か見ていてくれてるだろうか。
考えるのは彼女の事ばかり。
折れた骨や多くの傷のせいで一週間程、発熱し高熱を出していたナマエ。苦しげに眉を寄せ、荒い呼吸を繰り返す彼女。その傍でただ頭を撫で、汗を拭ってやることしか出来なかった自分。
痛みのせいなのか、それとも悪夢を見ているのか時折ナマエは涙を流していた。流れ落ちるそれを指先で拭い、優しく頬を撫でてやると安心したのか、悲痛な呻き声は静かな呼吸へと変わる。
何が苦しめているのだろう。傷か、巨人と対峙した恐怖心か。
それとも、俺か。
「…、」
「リヴァイ、どうした?難しい顔をしているぞ」
「…何でもねえ」
馬を横並びにさせてきたミケとは目を合わせぬまま。何でもない、と言った所でこの男は見抜いているだろう。この男のナマエに対する庇護欲は凄まじい。保護者のようだとすら思う。
「ミケ」
「何だ、エルヴィン」
「ナマエは目を覚ましているだろうか?」
「そうであれば良いが…こればかりはナマエの気力次第だ」
まるで聞かせるように。
ナマエ、ナマエと名前を繰り返す二人。先程まで考えていたことを言い当てる辺りが腹立たしい。舌打ちしたくなる気持ちを何とか押し殺すと、二人から顔を背けた。
「今回の壁外調査でのナマエの戦績は大きい。出来ればこれからの調査でも協力してもらいたいのだが…」
「…それはアイツが決める事だ、こっちは何も言えねえだろう」
「リヴァイ、お前は彼女に残ってもらいたいと思わないのか?」
「……エルヴィン、てめえわざとか?」
「さて、何の事だ?」
「…っち」
清々しい表情をする目の前の男に、抑えきれなかった舌打ちが一つ。
この苛立ちも、不快感も、すべて自業自得だと分かってはいるが、どうにも目の前の男にこの件を追求されるとハンジやミケ等、他とは違い感じる苛立ちがデカい。
「…言われなくても、アイツには会いに行く…どんな言葉を吐かれても構わない」
例えそれが、辛辣で悲痛な言葉だとしても。
それだけ彼女を苦しめたのは他でもない自分自身。どんな言葉にも耳を傾けようと決めていた。
「…ん?馬が来るな」
ミケの言葉に視線を上げる。あと少しで本部だと言うのに何だ。何かあったのだろうか。少し怪訝に眉を寄せていると、馬に乗っている主がはっきりと見えた。
あれは、ハンジの所の、
「エルヴィン団長!」
「確か、ハンジの所の…何かあったのか?」
「はい、そろそろ戻られる頃かと思い、分隊長に言われ急ぎ馬を走らせて参りました」
そこまで言うと、ハンジの部下は俺と視線を合わせた。急いで走らせて来たのだろう、乱れた息を整えるように呼吸をくり返すと、何処か嬉しそうに高揚に満ちた顔をすると。
「リヴァイ兵長、ナマエが…ナマエが目を覚ましました」
「…!」
「もう会話が出来る程に回復しています、ハンジ分隊長が急ぎ貴方に伝えてやれ、と」
ナマエが目を覚ましました
その言葉に無意識に手綱をつかむ力が強くなる。
「…エルヴィン」
「行ってやれ」
「悪い」
愛馬の腹を蹴ると、呆れたように笑む男を追い越す。
伝えたい事がある。謝りたい事がある。知って欲しい事がある。
この気持ちを、包み隠さず全てを曝け出すと約束しよう。だから、どうか、ナマエ。
「行ってしまいましたね…」
「いつもの事だ」
エルヴィンは少し笑みを浮かべると呆然とリヴァイの背を見送るモブリットに「わざわざ済まなかったな」と優しく声を掛ける。
「い、いえ!ナマエの為です」
「…お前もハンジもナマエに過保護だな」
「ミケ、お前がそれを言うのか?」
「……ふん」
「さて、我々も戻るとするか」
再び手綱を握ると愛馬を歩かせる。本部までもうすぐだ。ふと、エルヴィンは空を見上げる。雲一つ無い青空にため息を一つ。
「いい天気だな、今日は」
呟きは穏やかな風に吹き上げられた。
・・・
あなたに伝えたいことがあります。
言わなければならないこと、聞いて欲しいこと、聞きたいこと。私の本当の気持ち。
正直、少し怖いです。でも向き合いたいから、あなたとも、自分自身とも。だから、今度は目を逸らさずに、向き合います。
知らず知らずのうちに、私は自分を守る為にあなたから逃げていました。これ以上傷つきたくないから、見たくないものに蓋をして、逃げようとしていました。逃げることが当たり前になりすぎて、自分を守る事が上手くなっていました。
自分を守っても、何も変わらないのに。
この、痛みと向き合いたい。
どんな気持ちで私を助けてくれたんですか?
どんな気持ちで駆けつけてくれたんですか?
あなたに、私はどう見えていましたか?
私は、私は、あなたのこと、
ダンッダンッダンッ
「…?」
誰かが勢い良く階段を駆け上がってくる音が聞こえる。何だろう、急いでるみたい…何かあったのかな?そう思いながらも、今の私に出来ることは何もないなぁ…と、ぼんやり窓の外を眺めていると。
ガチャッ
バンッ
「…っ!?」
勢い良く階段を駆け上がってきた人物は、私の部屋の扉をこれまた勢いを付けて力いっぱい開け放った。
力を入れ過ぎたのか、思い切り開けられた扉は壁に当たり僅かに跳ね返ると、ギシと鈍い音を立てた。
目を丸くする私。外に立つ人物は罰が悪そうに、少しだけ表情を歪める。
「…、…悪い、勢いを付けすぎた」
「と、突然だったので…びっくりしました…」
伝えたい事があります。今度は目を逸らさずに。
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