出逢う前から不特定多数の女はいた。名前も所属すらも知らない。そこに特別な感情等は持ち合わせておらず、どれもこれも同じに見えた。甘ったるい声は酷く耳障りで、誘うような仕草も己ではない自身が熱を帯びる為の道具でしかなかった。


恋慕の情、所か自身の感情が一切介入しないそれは、排泄行為に等しかった。


身体に付く汚い体液も、肌を這い回る煩わしい手も酷く不快で。けれど、そうしなければ欲を満たすことが出来ない。心地よさ等一度も感じたことが無い。熱を吐き出すことで得られたのは、僅かな充足感。

そこらの男のように誰でもいいと、求められたら応えると、本能のままに生き、行為を楽しむことが出来たらどれほど楽か。しかし、そう軽く生きるには、自分の精神はある奴が言う通り潔癖だったのかもしれない。



リヴァイ兵士長殿



いつだっただろうか、とても柔らかく笑う彼女に出逢ったのは。

彼女の周りには人が集まった。同期も、後輩も、俺を潔癖だと言い放った奴ですら引き寄せていく。この残酷すぎる世界にはあまりにも不釣合いな穏やかさを持つ彼女に、きっと最初から惹かれていた。

頭が理解するよりも早く、心が彼女を欲していた。






「‥‥‥」



ガチャリと開いた扉の奥は暗く、物音一つしない。

壁外遠征の会議が長引くのはいつものことだ。それぞれの実力や特性を踏まえて均等に分ける部隊編成。ルートの確認、非常時の合図やそれに伴った各班長の行動等。もう何十回と聞いている内容だが、今回の遠征で初めて班長になる者のが多い。それは調査兵団の特徴だ。だからこそ、毎度長く暇な会議も他の奴の延命の為ならば仕方が無かった。

手探りでテーブルの上の蝋燭に火を付けると、脱いだジャケットを椅子にかけた。無意識に出たのは短い溜息。


この結果を招いたのは俺自身だ。


静まり返る部屋。一昨日までは扉を開けるとそこには灯りのともった蝋燭に、テーブルの上に並べられた夕食があった。そしてお帰りなさいと穏やかに笑うナマエ。

ああ、けれど最近はその穏やかな笑みも少なくなっていたな。どこか機嫌を伺うような、戸惑いや動揺を必死に隠した笑みになっていた。そうさせていたのも、全て俺だ。



いつも穏やかに笑う彼女が、好きだとかそんな温い感情を通り越して、大切だった。何よりも大切だった。傍に置いておきたかった。手を伸ばせば届く距離に居て欲しかった。



兵長が望んでくれる限り、私は傍にいます‥‥一緒にいたい、って思います


泣きそうになりながら、けれど表情は心底嬉しそうに緩んで、穏やかな笑みを浮かべ、気持ちに応えてくれたナマエ。たまらず両の手で包むと、筋肉の少ない彼女の身体はビクリと硬直した。が、すぐに硬直を解くと躊躇いがちに伸ばした手を俺の背へと触れさせた。

幸せだ、と思った。心の底からそう思えた。満たされていると感じることが出来た。




距離を縮められなくなったのはいつからだ?

想いを伝える前、ナマエと出逢い、言葉を交わすうちに必要無いと全て切った関係が、また戻ってしまったのはいつからだった?その原因は。



「‥‥くそ‥っ」



思い上がりでも何でもいい。身勝手な妄想だ、と笑われても構わない。

いつも誰かを引き寄せるナマエ。多くの人間に囲まれて穏やかに笑う中。

俺と目が会った時にだけ見せてくれる、穏やかで、それでいてどこか優しい笑みが、たまらなく愛おしかった