どうしたらいいのか分からなくなっていた。
関係が終わってからちょうど一日が過ぎた。私はあの夜の出来事を誰にも言えなかった。言える訳が無かった。
あの夜、結局部屋には戻れず宿舎の隅で夜を過ごし、翌朝、普段彼が部屋を出て行く時間にタイミングを見計らって部屋に戻り、必要なものだけ揃えたら早々に退出した。
夜になっても部屋に戻れるわけが無く。かと言って一人でぼんやりとしていると、考えたくないことばかり考えてしまうので、昨夜は誰もいなくなった訓練施設で一人、ひたすら身体を動かした。
新しい部屋を用意してもらわなければ、と考えるものの相談できる人なんていない。ハンジ分隊長に相談したらきっと大騒ぎになる。どうしたのか、何があった、と一晩中問い詰められる事になる。
それに何より、私たちの関係に喜んで部屋まで与えてくれた分隊長に、こんな悲しい結果を伝えられなかった。
けれど、いつまでもこんな生活を続けるわけには。
「ナマエ」
「‥‥」
「ナマエっ」
「は、はい‥!」
ぶつり、と中断された思考。勢いよく顔を上げるとそこには「ぼうっとしてたね」と僅かに苦笑いを浮かべる分隊長の姿だった。
「ご、ごめんなさい‥執務中なのに私‥っ」
「いいよ、いいよ別に怒っている訳じゃないからね。あぁこれが壁外調査の時だったら話しは別だけど」
「すみません‥」
「どうしたの?疲れてる?」
「いえ、そんなことは‥!」
「そう?じゃあ急で悪いんだけど、次の壁外調査までに調べておきたいことがあってね、別の班までお使いに行ってくれる?」
「はい、もちろん!」
分隊長から用件を聞き、必要な書類を持つと早々に部屋を出ようとした。その時「そうだ、ナマエ」と後ろから呼びかけられ反射的に振り返ると分隊長と目が合った。首を傾げ言葉の続きを待っていると分隊長は僅かに笑みを浮かべると口を開いた。
「最近、リヴァイとはどう?」
「え、」
「順調?」
ずきずき、と痛み始める胸。悟られてはいけない。心配させてはいけない。いつもいつも私のことを心配してくれる分隊長に、これ以上頼ってはいけない。
笑え。
「はい、大丈夫ですよ」
「そう?それなら良いんだけど」
「ふふ、行って来ますね」
「あー、もう一個!」
「はい?」
「駐屯兵段のお友達とはどうだった?ちゃんと確かめること出来た?」
あの夜の出来事がフラッシュバックのように頭を巡った。
クラクラするのは寝不足のせいじゃない。身体が軋むのは昨夜、我武者羅に身体を動かし続けたせいじゃない。この痛みは全部、全部。
「分隊長に言われたとおり確かめました‥‥‥けど、ちょっとダメだったみたいです。噂も本当でした」
全部、彼を想う心のせいだ。終わらせることの出来ない想いのせいだ。
「そう‥辛くなったらいつでも言って良いからね」
「分隊長には頼ってばかりで申し訳ないです」
「まあ私じゃなくてもナマエにはリヴァイもいるんだもんね!」
何でも話せる関係なんでしょ?
と、嬉しそうに笑う分隊長にはやっぱり真実を言うことは出来ず。
「私の可愛い部下に手を出すんだからあの男も本当隅に置けないというか、手が早いというか‥人類最強も男なんだねー」
「‥分隊長、」
「ん?」
「彼は私に、一度も触れたことがないんですよ」
「‥え?ナマエそれ、どういう」
「じゃあ、行って来ますね!」
「ちょっとナマエ!」という分隊長の声を無視するように部屋の扉を閉めると勢いよく走り出す。
どうしたらいいのか分からなくなっていた。
吐き出せない気持ちも。泣きたくなる衝動も。自分の中に全て押し殺していくのは酷く苦痛で。痛くて、辛くてどうしようもなかった。
いっそのこと全て曝け出したら楽になれるのかもしれないけれど、気持ちを吐き出せる場所も、泣き場所も私には見つからず。
唯一、帰る場所だと思っていた彼は、リヴァイは、もう。
「ナマエ!」
「‥‥!?」
呼ばれた名前。足を止め振り返れば、そこには佇む彼。
「‥ナナ、バ‥」
「久しぶり。ものすごい勢いで走っていたから驚いたよ」
「‥‥」
「ナマエ?顔色あまり良くないみたいだけど‥しっかり休んでる?‥何かあった?」
「‥‥っ」
不意打ちのようにかけられた同期からの優しい言葉に。今まで堪えていたものが、まるで栓を抜かれたように溢れた。
焦って両手で覆うけれど止まってくれず。久しぶりに会う同期の彼を困らせたくなくて、ごめん、とか、違う、とか、平気、とか必死に言葉を紡いでも今の私の状態ではあまりに説得力が無く。
笑え、笑え、と何度強く思っても上手く笑うことが出来ない。
「何か、あったみたいだね‥‥」
優しい声音に、私の涙はしばらく止まってくれなかった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 性別不明のナナバですが、この連載では男でお願いします
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