高低 | ナノ

『なるほど、事情はとりあえず把握した。つまり、君の想い人の死んだはずの兄弟がある日突然ひょっこり戻って来たというわけだね。それも、生きて。』
通信機越しにかの有名な諮問探偵がほぅ、と感嘆の溜息をつくのが立香たちの耳に聞こえた。
「そう、なります。」
「ホームズ、そんなことってできるの?…死者の、蘇生なんて。」
『愚問だね、ミスタ・フジマル。魔術でも魔法でも死者を蘇らせることは絶対にできない。似て非なるものは下総やセイレムで目撃したとは思うが。』
「あれは完全に、ヒトとして呼べるようなものじゃなかった。」
『そう、ミズ・リツカの言う通り。可能性として考えられるのは、その雨宮尊龍なる人物がそもそも死んではいなかったという可能性だが。』
「それは、絶対にありえない、です。だって、」
お兄ちゃんの死体を、私は見たから。
俯いた灯真のつぶやきに、ホームズは失敬、失言だったと返す。
『となると、誰だかわからんが死者を蘇生させる魔術を構築した人間がその街にいるということだな!世紀の大発見だ!なんとしてでもその理論を、』
『はいはーい、新所長は奥でミスタ・ムニエルとチェスでもしててねー。質問の続きだけれど、死者の蘇生は灯真ちゃんのいう雨宮尊龍一人だけなのかな?』
「えっと、お兄ちゃんだけじゃない、です。確か、山王でも帰って来た人がいるって、」
『なるほど。時に、君はこの街の地理に詳しいかい?』
「ある程度、なら。」
『なら、我々カルデアは君を保護する。その代わりと言ってはなんだけど、今回この街で起きてる異常事態が治るように尽力しよう。早速で悪いんだけど、この街のことについて詳しく教えて欲しい。誰か有力者の知り合いとかはいないかな?』
「有、力者。…あっ!」
「どなたか、お知り合いが?」
「お義父さま、私の、義理の父ならこの異常な出来事について何か知ってるかもしれない。お義父さまは、数年前の抗争で崩れた九龍グループと敵対する山狼会っていうヤクザのトップなの。」
「や、ヤクザの義理の父親…」
「今までの特異点と並べても一番濃ゆいかもしれない…。」
「と、とにかく灯真さんのお義父様のところに行って見ましょう、先輩!」
『四人とも、くれぐれも気をつけて行くんだよ。』


「ここが、お義父さまのお屋敷です。」
武家屋敷もかくやという和風の邸宅に、一同はあんぐりと口を開ける。マシュは本格的な武家屋敷を初めて見たからであったし、藤丸と立香はドラマでしか見たことのないようなヤクザの家!という建物に圧倒されていたからだ。
「やあ、灯真。よく来たね。」
そして一同を迎え入れたのは、栗毛色の髪をしたたいそう若い男だった。
「お義父さま、あの、街の様子がおかしいんです。なにか、なにかご存知ではありませんか?このままだと、お義姉さまにもなにかあるのではないかと、」
「ああ、それはないよ。」
「……え?」
さらりと告げた男に、カルデアの面々の背に緊張が走った。
「だって、この街はなにもおかしくなんてないんだもの。」
にっこりと。
山狼会を率いる山野子狼という男は嗤う。
「マスター!魔力反応ですっ!」
マシュが素早く戦闘態勢に入り、灯真たちの前に盾を構えて立ちふさがった。
お前か、と藤丸と立香は声を揃えた。
「お前が、この街の異変の元凶か。」
「さあて。」
対する男はクスクスと嗤い続ける。
「灯真、君の言葉で言う『この街がおかしくなって』、だれか悲しむ人間はいたかな?むしろ、みんな喜んでるじゃないか。失くしたモノが戻ってきて。」
「あ、う、」
「戻っておいで?」
「わたし、は、」
「灯真さん、しっかりして!!」
立香に体を揺さぶられ、灯真はハッと我にかえる。
「ざぁんねん。もうちょっとだったのに。…まあいいや。時間はまだまだたくさんあるし、無理強したなんてあの子に知られたらおれが怒られてしまうからね。今日は見逃してあげるよ。おれも暇じゃないし。」
ニコニコと笑う男を前に、一行は尻尾を巻いて逃げ帰るほかなかった。


「灯真ちゃんが、カルデアの連中と合流して『あの人』のところへ行ったそうだよ。」
「…そうか。」
「SWORDの各勢力に『カルデアのマスター』をいつも通り排除するよう命令が出た。達磨は現状日向くんが静観を決め込んでいる。山王は雁袮さんがなんとかしてくれるだろうけど、問題は。」
「RUDE、元MUGEN、マイティ・ウォリアーズに雨宮兄弟、か。」
「彼らはみんな『あの人』の■■で■■を■■■■もらってるからね。逆らえはしないだろう。」
話し込む歌仙の横を小さな人影が走り抜けた。
「おかしゃーごほんしゃんよんでー(*´ω`*)」
「紫苑、」
「紫苑、おかさんは僕とお話中だからね、燭台切か堀川に読んでもらっておいで。」
栗色の髪の幼子はあーいと元気よく返事をして、絵本を小脇に再び何処かへと走っていく。
「我々も達磨同様に静観する。おそらく、Rockyもそうするだろう。」
「わかった。君の仰せのままに。」


「うん、うん、そうなんだってー。灯真ちゃんがカルデアの連中と合流しちゃってさ?今日はジェシーとデートの予定だったから見逃してあげたんだけど、うん、うん…。」
行儀悪く畳の上に足を投げ出して、子狼はニコニコと微笑みながら電話向こうの相手に相槌を送る。
「源治くんにも手伝ってもらおうとは思ってるんだ。工房の方は孫ちゃんが引き受けてくれるそうだし。…うん、うん。だからね、ハチ、」
カルデアの連中と遭遇したらやっちゃって。生死は問わないよ。

榛色の瞳が、ギラリと光った。
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