少しでも、と


あの日から、数日経った。幸村がとても喜んでいたぞ、と真田くん伝に聞いて私は胸が暖まった。真田くんだけじゃない、丸井くんも私のところに来て本当に嬉しそうに言ったのだ。またよろしく、だなんて笑顔で言われてしまえば頷くしかないだろう。

今は美術室で海原祭展示用の絵の製作をしているところだ。相変わらず、窓を開けるとパコーンパコーンという、テニスボールを打つ気持ちよい音が聞こえてくる。今までは多くの部活の音の中の一つだったそれが、よく聞こえてくるのは私が無意識のうちに聞こうとしているからだろう。

「テニス部の練習は凄いなぁ」
「あぁ、そうね。パコーンって良い音がするわ」
「……幸村くん、卒業式までに戻ってきてほしいね」
「……湊、幸村くんと関わりあったっけ?」
「ううん、直接はないけど……ちょっとね」

私は一冊のスケッチブックを思い出した。あの日、夕日を描いたスケッチブック。まだまだ買って日が浅く、夕日以外には二、三枚風景を描いただけだった。スケッチブックを取り出して、その描いたもの全て──切り離した。

そうだ、あの絵で喜んでくれたんだったら……私はもっと、幸村くんを、テニス部を応援できるんじゃないだろうか。

「……ちょっと、スケッチしてくる!」
「……鉛筆だけじゃない、画材も持ってって?」
「ほ、本格的に描いてくる!」

バタバタと走って、向かうのはテニスコート。私にとって遠い道のりで、普段使わない筋肉を酷使するものだからひどく呼吸が乱れる。関わってまだ日が浅いのに、私はどうして彼らを応援したいと思ったのだろう。喜んでくれたから?嬉しいから?自己満足から?──しっくり来るものがなくて、もやもやするけれど、応援したいという気持ちだけはハッキリしている。

夕暮れのテニスコートには、数人のギャラリーと男子テニス部の皆がいた。練習に集中していて、私には気付いていないようだ。

はぁ、はぁ、と息を整えてフェンスを掴む。ガシャンという音に、何人かがこちらを向いたが私の知り合いではない。部活の邪魔をしてはいけない。どこか、コートがよく見える場所はないだろうか。

見回して近くにあったベンチに座る。画材をおいて、目の前の景色を目に焼き付けた。

「……」

鉛筆をスルスルと動かしていく。フェンス、その向こうにコート。こことコートの空気はまるで違ってピンと張りつめている。からし色と黒のユニフォームが夕日に映えて、そこには一つの世界がある。

パコーンという音をBGMに進んでいく作業。気が付けば作業に没頭して、音も聞こえなくなっていた。


「……あれ?高崎じゃね?」
「……丸井、くん」
「何してんの、もう暗いだろぃ」

気が付くと辺りは薄暗く、部活の活動時間も終わりを迎えたようだ。丸井くんの後ろにはレギュラー陣がズラリと並んでこっちを見ている。正直、怖い。

丸井くんは私の手元にあるスケッチブックを覗き込んで、顔を明るくした。

「描いてくれてんのかよ!」
「あ、はい。……あの、真田くん!」
「なんだ、高崎」

私はスケッチブックを閉じてベンチに置いて、立ち上がった。

「あの……私、コートの中から、皆さんを描いて……幸村くんに渡したいんです」
「……それは、」
「厚かましいってわかってます。幸村くんとは関わりもない……だけど、何か、力になれたら、って思って……」

尻すぼみになっていく言葉。でも、隣にいる丸井くんは笑いを絶やさずにいる。真田くんの顔を見ても、何も変わらない表情でこちらを見ているものだから、あぁやっぱり無茶だったのかと思ってしまう。

と、真田くんの後ろにいる銀髪の仁王くんがククッと喉を震わせて笑った。

「この間の絵は、お前さんのじゃったか」
「はい、あの……」
「幸村も喜んでいたなり。なのに拒否するやつは、ここにはおらんぜよ」
「そうっスよ!」

仁王くんが愉快げにそう言うと、癖の強い髪の毛の、切原くんも頷いた。そして、ジャッカルくんや柳生くんも口を揃えて賛同してくれる。柳くんも表情こそあまり変わらないけれど、頷いてくれた。真田くんも皆の声に、うむ、と応えた。

「こちらが願いたいくらいだ」
「邪魔は絶対にしませんから!よろしくお願いします!」

力になりたかった。少しでも、と思った結果、行動を起こすことになった。私の絵が幸村くんを喜ばせられるのなら、と浅慮ながらに思ったのだ。



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