大学に無事入学し、独り暮らしを始めてしばらく経つ。少し古くて少しセキュリティの甘いアパートに私は住んでいた。家賃も良心的な値段だったし、そこまで広いスペースも要らなかったからだ。

朝、今日は一限からあるので渋々早目に家を出る。澄んだ空気がスゥッと身体を包み込んで、私の脳を覚醒させる。オンボロアパートと揶揄されようと、なにかで荘と言われようと、この空気を吸うとここに決めてよかったと思う。キィ、と音がして隣のドアが開いた。

お隣、丸井さんは私と同じく大学生だ。彼は私と同じく今日は一限からあるようだ。低血圧そうな見た目通り、彼は朝に弱いようだ。ふわあ、と欠伸を噛み殺しながら出てくる姿は、大きい背なのに小動物のような可愛らしさを感じさせる。

「……おはようございます」

ドアを閉めて鍵をかけながら声をかけると、丸井さんは私に気付いて小さい声でおはよう、と返す。チャラリ、と音をして鍵が揺れる。一緒に通学もしない。楽しげに会話をしたりもしない。恋をしていたりもしない。あいさつをする程度の、認識である。

それ以上になりたいとも思わない。
お隣さんというこの関係が、静かで、穏やかで、好きだから。


その日はいつも通りのはずだった。いつも通り、家に帰ってご飯を作ってまったりする。そんな予定をたてながら買い物袋を引っ提げて帰路につく。アパートについて、鞄から鍵を取り出す。
ふと隣を見ると、丸井さんも同じように鍵を探していた。

「お疲れさまです」
「お、サンキュな。お前もお疲れ」

言葉を交わして部屋にはいる。ご飯は物持ちのよいものにしよう、と思った。が、作ってからまだ冷蔵庫の中に煮物が残っているのを思い出した。どうせなら思い出さないままいればよかったのに。

「なんか損した気分だなぁ」

はぁ、とため息をつく。ご飯を食べ終えても沈んだ気持ちは晴れない。壁の薄いこのアパートは隣の大きな音を通してしまうのだけれど、丸井さんの部屋では友人と飲み会をしているのか考えられないほど煩い。……お酒、買ってこようかな。
寂しさを紛らせようと外に出ると、丸井さんの部屋の前で丸井さんがしゃがみこんでいた。でも決して気分が悪そうとかではなくて、外の風に当たりに来た、そんな雰囲気だ。

「こんばんは」
「おう」
「今日は、お友達がいらしているんですか?」
「煩くてしょうがねぇ奴らなんだけど、な」

そう言いつつも笑い顔。仲の良い友人なのだ、と私が見てもわかる表情だ。
と、丸井さんは思い出したように立ち上がった。

「つまみがきれちまっててさ。買いに行かねぇと」
「そうなんですか……、私今からお酒買いに行くところですし、買ってきましょうか?」
「お、マジか」

丸井さんだって飲んでいるだろうし、酔っている人に買い物に行かせるなんて、何が起こるかわからない。私だってお酒とおつまみ買うのだからついでだ。
丸井さんは財布を取り出して中身を確認する。が、財布をすぐしまうと、やっぱ買いに行くわと私に言った。

「でも、丸井さん酔ってますよね?大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫。それよりも、夜に女が出歩くほうが危ねぇだろぃ」

歩き出す丸井さんに置いていかれないように私も歩き出す。丸井さんの足取りはしっかりしている。私のことを心配してくれたのか。少しくすぐったいけど、嫌ではないし、むしろ嬉しい。
街灯も少なくていつもなら心細い道も、隣に人がいるだけで心細さも吹き飛んでしまう。街灯に照らされた丸井さんの横顔が思っていたよりも整っていて、私の胸は少し、高鳴った。


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