桜咲き始める春うらら。
優しい風が幸村くんの髪の毛を揺らす。綺麗にウェーブした髪がゆらり、ゆらり。綺麗だなぁと素直に思う。
幸村くんは座って、桜の木にもたれてかかって本を読んでいる。私はその反対側に座って桜の木に体重をかける。和やかな時間だなぁ。
今日は幸村くんの誕生日だ。
神の子の誕生日……クリスマスみたい。そういえば、クリスマスの歌ってイェスさまが生まれたことをお祝いしている歌が多いよね。

「クリスマス〜クリスマス〜おめで〜と〜う〜」
「クリスマスって……三月だよ?」

口ずさむと幸村くんはクスクスと笑う。なんて綺麗に笑う人なんだろう。この桜もこの景色もこの人のためにあるように感じて、それはまるで現実のものじゃないみたい。
幸村くんは、神様にたくさんたくさん愛されているんじゃないかな。いっぱいの愛情を受けたからこんなに綺麗で、優しくて、愛に溢れているんだろう。

「ねぇ、幸村くん」
「なに?」
「もう、卒業だね」
「……そうだね」

淋しくなるな、と幸村くんは呟いた。ここに入学して三年。いろんなことがあった。
どれも大切な思い出で、たった15年くらいしか生きていないけれど、生きてきたなかで今が一番輝いてる。なんでもない毎日がきらきら光ってて、いつもその中心には幸村くんがいた。
静かで優しい時間が過ぎていく。

「いろいろあったね……部活とか」
「……部活、か」

少し顔を歪めて幸村くんは呟いた。さっきまでとは違う顔。

「うん?」
「いや……ただ、最近思うことがあるんだ。
……どうして俺は、ここにいるんだろうって」

そういう幸村くんの顔は、あの日と一緒だった。

──去年の夏、立海の男子テニス部は負けた。私を含めて応援に行った立海生は誰一人立海の負けなんて想像していなかった。
たしかに関東大会では負けた相手だったけれど、関東大会での敗北のあとにテニス部がどれだけ頑張ったかみんな知っていたから。
どこの学校の部活よりも厳しく、誇りをもって、王者として君臨するために練習を積んでいた。
だというのに、ボールは幸村くんのコートを跳ねた。

あの日の、顔。宝物をなくしてしまった子供みたいに、不安で悲しい。そんな顔。
みんながいる手前、大丈夫とか満足したとしか言わなかったけれど、真田くんに一瞬だけ見せた顔によく似てた。

「うーん、生きる意味がないってこと?」
「そんな大げさなことじゃないよ。
ただ、今まで俺の全てはテニスで……勝つことで、卒業間近になって高校の部活にも顔を出せなくなってから気になり始めたんだ」
「……」
「俺からテニスをとったら何も残らないな、って」

俺という存在はいったいどうしてあるのだろう。テニスがなければどうやってその存在を証明できるだろう。
ずいぶんと哲学的なことを言う幸村くん。悩んでいるんだね。私はそこまで深く考えられないから、幸村くんの気持ちがわかってあげられない。まぁ、私は幸村くんじゃないから気持ちをわかってあげるなんてのは絶対できないんだけどね。
でも、テニスを幸村くんからとったらどうなるかって、そんな引き算みたいに簡単にはできないよ。

「無神経かもしれないんだけどさ」
「うん、」
「幸村くんがテニスをしなくなっても幸村くんは変わんないんじゃないかなぁ」
「……え?」

テニスをしない幸村くんだって幸村精市なわけで、テニスをしなくなったからって田中太郎くんになりましたとか、急に性格悪くなりましたとか、ありえない。テニスをとったって、そのほかの幸村くんが残るじゃない。幸村くんが幸村くんだっていう根本的なところはなにがあったってまったく変わらないんじゃないかなぁとか、思うんだよね。
そう言うと幸村くんはぽかんとして、そして吹き出した。

「ぷっ……ククッ、うん、そうだね……」
「あれ、なんで私笑われてるんだろう……」
「……たしかに、俺は俺だね」
「うん、そうだよ」

笑っている幸村くんはやっぱり桜がよく似合っている。
私はつられて笑った。そして、口を開く。

「ねぇ、幸村くん」
「今度はなにを言うの?」
「今日はクリスマスだよ。マイナス思考はだめだよ、もったいない」
「クリスマスって……」

神様に愛された人の誕生日だもの。
今日は、クリスマスに決まってる。

「メリークリスマス、立海の救世主さま」


三月のクリスマス
(立海を導いた貴方は、紛れもない救世主さま)



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