いつまでもと



制服を着て髪の毛をセット。リビングに入ると、椅子に座る仁王が目に入った。夢かと思って、一回リビングから出る。もう一度入る。やはり、仁王はリビングにいる。

「……へ」
「よ」
「なぜお前があたしんちにいる」
「おばさんがあげてくれたきに」
「もう、香織ちゃんたらこんなかっこいい彼氏つくっちゃって!」

断じて違う。あたしが今まで恋愛事をお母さんに話したことがなかったことがいけなかったのだろうか。異様にテンションの高いお母さんを無視してあたしは急いで仁王の制服を引っ張って外に出た。ぐう、と間の抜けた音が自分のお腹から聞こえた。もう、朝ごはん食べ損ねたのは仁王のせいだ。あとで丸井からお菓子もらおう。

仁王はあたしと違い、涼しげな顔で悠々と道を歩く。その手には、あたしが昨日貸した傘がぶらんと揺れている。

「……道、逆なんでしょ」
「傘返しに来たんじゃ」
「じゃあ、さっさと返してよ」

こんな朝早くからはいないと思うけど、もしも奈津子がいたら。嫌だ、誤解を受けてしまう。自分で矛盾しているとわかっているけど、仁王より何メートルか前に行こうと小走りで道を駆ける。仁王は追うこともせず、ゆっくりと歩いていた。

昨日の雨が嘘のように晴れている。昨日の告白は、夢だったんじゃないか。でもそれが事実であることは道に残る大きな水溜まりが証明している。

「相澤ー」
「ん?なにー?」
「今日も一緒に帰らんかー?」
「むりー、やだー」
「まーくん傷付くなりー」
「うわ、仁王君気持ち悪いですぅー」
「ひどっ」

仁王とは相変わらずだ。そう、見える。

でも、違うのだ。いつもなら、ここで後ろから頭を掴まれたりするけれど、今日はそんなことはない。昨日と同じようで違う、この距離。近くて遠い。透明な壁があるかのように、いっこうにあたしと仁王の距離は縮まらない。

後ろを向けない。顔をあわせられない。逃げているんだ、あたしは。

少し顔をあげて青空にかかる電線を視界にいれた。綺麗な景色を壊す電線。でもそれがあるからこそ物寂しい風景になったりもする。何故だか、柳生が思い浮かんだ。

「……」

昨日奈津子からはメールがきて、柳生について少し話した。柳生は好印象らしく、凄い紳士的だったと書いてあった。

よかったじゃん、柳生。

心から喜べてはいない。でも、喜んだふりをした。嘘をつき続けて、いつか嘘が本当になったなら。だとしたら、それは、嬉しい。嬉しいことだよ。

「ねぇ、柳生、いつ告白すると思う?」
「そうじゃなー、来月あたりかの」
「えぇー、卒業まで告白しなかったりして」

ぴちゃんと水溜まりに波紋ができる。ゆらゆら。靴下についてしまった水は冷たい。

あたしは一体どんな顔をしているんだろう。情けない顔をしているんじゃないだろうか。そんな思いを断ち切るように、あたしは不意に、グンッと前に引っ張られた。

「朝練に遅刻するぜよ」
「に、にお、」
「急がんと真田に殴られる。痛いのは嫌じゃ」
「……現在進行形であたし引っ張られる腕が痛いんですけど」
「走るぜよ、……相澤」

シカトですか。

そんな言葉ははにかんであたしに笑いかける仁王には言えなかった。

足が動く。風を切る。

胸が苦しい。これが柳生だったらだなんて考えてるあたし、ばっかみたい。

そんなことあるわけないのに。

「面倒なことは考えんと、楽しいことだけ考えればよか」
「は?」
「うじうじしとるのはお前さんらしくない。
笑ってろっていう意味じゃ」
「……まーくんがそんなこと言うなんて、どうしようあたし数学百点とるのかな」
「それは数学を教えた俺のおかげじゃ、勘違いも甚だしい」
「キツッ」

少し、笑って仁王を見た。仁王も笑ってた。それでも、横顔が悲しそうだったのは見間違いではないだろう。

その日の学校は数学のテストがあったくらいで大きな事件はなかった。テストはいつも通り半分も届かず。

「柳生、数学テストやった?」
「えぇ、相澤さんのクラスもやったのでしょう?」
「あはは……いつも通り酷い点数だけどね」
「個人個人、得意不得意はあります。焦らず相澤さんのペースでやれば、その努力は実りますよ」

仁王と会話して丸井からお菓子奪って奈津子とご飯食べて柳生と会話して。少しぎこちない一方通行の恋心たちがそれぞれ成長していくなかで、あたしたちは夏を迎えた。

変わらないと、思っていた日常が壊れたのはその一ヶ月後。

「……香織……」
「どうした、奈津子?」
「私……私……!!」

早く、この関係が壊れてほしかった。でも、どこかでいつまでもと、願っていた。変わらないものなんて、ないのに。

「柳生くんに……告白、された……」
「……え……?」






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