ばかやろうだ



わかっていたんだ。ただの自己満足の行為だと。ただ、自分を納得させて、あたしはあたしを守ってた。
でも、でもね。どんなことをしたっていい。あたしは柳生の前では笑っていたかったんだよ。

『やーぎゅーうー』
『なんですか?』
『聞いて聞いて!!部活でレギュラーなったんだよあたし!』
『貴女の努力が実を結んだ結果ですよ』
『あれ、誉めてくれないの?』
『貴女の努力を見れば、至極当然のことです。ようやく評価された、とさえ思いますよ』

いつも影で努力をしていて、他人のことも気にかけてて、凄いといつも感動していた。
どんなときも彼は前向きで、自分に厳しくて、きっと貴方が励ましてくれなかったらあたしは崩れてしまっていた。次期部長に任命されて、回りからの重圧に耐えられなくて、もがいてもがいて。じりじりと、首を絞められるような苦しみが、あって。

『……あたしじゃ役不足、だよ』
『なぜ、そんなことを言うのですか』
『耐えられない。周りの期待に応えられなくて、……苦しい』

吐き出すように喚いて泣いた、一年前。そのときも黙って隣にいて、話し終わるまで待っていてくれたね。そしてそのあとに、励ましてくれた。

『貴女は、貴女にしかできないことをすればいいのです』
『……そんなこと、』
『ないと、そうおっしゃりたいのですか?』
『……だって……』
『貴女の笑顔は周りを明るくさせる不思議な力があります。何度も何度も……私は貴女の笑顔に救われました』

初めて、部活を休んだ。初めて、柳生に自分の悩みを全て打ち明けた。あたしは顧問と友人に、柳生は幸村にこってりしばかれて、外周15周を言い渡されたのをよく覚えてる。
ねぇ、柳生。あたしはいつでも笑ってるから。力になるから、だからあたしをほんの少しでいいから……心のどこかに置いといて。
あたしはあの日からずっと柳生のことが、好きなんだ。

「それは憧れじゃ、なく?」
「……わからない、そんなの」
「俺は、相澤のこと好いとうよ」

ピチャッ、ピチャッ。歩くたびに跳ねる水。空から止めどなく零れる雨は地上で跳ねる。形が崩れても、水を形成し続けるそれは、あたしの目に滑稽に映った。
隣を歩く仁王は歩幅を合わせてくれているのか、先に行くことはない。なんて優しい。そして、なんて悲しい。

「仁王、あたし……柳生のことが好きなんだよ」
「謝らんでよか。俺は相澤を諦める気は毛頭ないぜよ」
「……ばかみたい」
「……、ばかじゃな」

雨音がやけに煩く聞こえる。ぼんやり、二人で会話を止めて歩き続ける。全ての音が雨音に飲み込まれていって、やがて雨音も聞こえなくなる。
あたしの、家の前だ。

「あ、ここ……」
「もう暗いんじゃ、いくら#相澤#とはいえカツアゲされんとは言い切れん」
「あ、痴漢とかじゃなくカツアゲなんだ。しかもいくらとか失礼」
「……傘は借りてくぜよ」
「ん、わかった」

手を振ると、仁王はあたしに背を向けて歩き出した。今まで、あたしたちが歩いていた道を逆行していく。

「仁王、まさかあんたの家って」
「#相澤#の家と逆方向じゃな」
「ばかじゃないんですかほんと」
「……好いとる女を一人で帰すような真似はしないぜよ、俺は」

振り返って、ふ、といつものようにニヤリと仁王は笑うと歩き出した。もう振り返らない。あたしはただ、だんだんと小さくなっていく背中を見つめていた。


ばかやろうは誰
(一瞬でも振り向いてほしいと思ったあたしは、本当に愚か)






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