どうにかして



「雨……」

ついてない。部活が終わって、あとは人がいなくなるのを待つだけなのに、ざあざあと雨が降ってただでさえ低いテンションがさらに下がる。はぁ、と溜め息をついてあたしは玄関へ向かう。
と、玄関に奈津子と柳生がいるのが目に入った。奈津子に気付かれてしまったら、厄介なことになるだろう。すぐさま方向転換をして逃げようとしたのだけれど、それよりも早く奈津子があたしに気付いた。

「あ、香織っ、用事は?」
「あー……これから。二人は?」
「お互い傘がなくて……どうしようかな、って」
「えぇ」

まずい、このまま二人がここにいたら、あたしと仁王が一緒に帰るのがバレる。それだけは、避けねば。
こんなことを思いつつ、あたしは奈津子を騙していることへの罪悪感を感じる。傷付けてごめん、奈津子。貴女の恋を応援できたのなら、どれだけ気持ちが楽だっただろう。

「あのさ。あたし折り畳み傘以外にもう一本置き傘あるから、折り畳みでよければ使う?」

本当のことだった。ビニール傘だけど、きちんと名前を書いたものがあるはずだし、友人二人が濡れて帰るのを見るなんて嫌だ。
あたしは鞄から薄い黄色の折り畳み傘を出して奈津子に渡した。奈津子は笑顔でありがとうとお礼を言って、柳生も微笑んでありがとうございますと言った。
しとしと、外は雨が降っている。

「気を付けて帰りなねー」
「香織、また明日!」
「さようなら、相澤さん」

黄色い折り畳み傘で相合傘、二人の後ろ姿。
あぁ、見たくない。本当なら、隣に自分が。
黒いものがぐにゃぐにゃと胸を蝕んでいって、吐き気がする。嫌いになりたいけれど、なれやしない。あの子はあたしの親友だ。

「あー、置き傘……」

気を紛らせようと傘置き場をガサガサと漁るけど、なぜだかあたしのビニール傘が見つからない。
もう完全下校時刻はすぎている。一つ考えられるのは、傘を盗られたということ。

「最悪じゃん、うわー」
「……あほじゃの、他人に傘を貸して自分が濡れるだなんて」
「今自分の運のなさにほとほと呆れてたところだから、それ以上言わないでよ、仁王」

クックックと喉をならす嫌な笑いかた。仁王はあたしの後ろでビニール傘を手に持って、帰ろうかと促す。
まったく、意地の悪い。

「だから、あたし傘とられたんだって」
「この傘に入ればよか」
「えぇー……」

あたしはこいつと相合傘をするのか。明日ファンにリンチされるんじゃないか、視線で。嫌だなぁ。でも、濡れて帰る方が嫌だなぁ。
渋々仁王に近寄ってビニール傘を見ると、その取っ手には、あたしの名前。

「ちょ、仁王、それあたしの傘」
「そうじゃな」
「いやいやそうじゃなじゃなくてね」

お前がとったのかこの確信犯め。

「あぁー、こっちを二人に貸せばよかった」
「……お前さんも随分身勝手じゃな」
「……どういうこと?」

傘のことを言っているのか。そう思って仁王を見れば、冷たい目で彼はあたしを見ていた。
あたしは友達としてはこいつは気に入ってる。べたべたしてこないドライな感じ。でも、心のどこかで苦手意識を持っている。
この、目だ。

「柳生のため柳生のため……それは全部自分のため、じゃろ?」
「……は、何言い出すかと思ったら」
「普通だったら柳生を失恋させて、平沢の恋を叶えようとせんか?
柳生が失恋したら自分にもチャンスがくる。そして、平沢も幸せになる。
それをせんのは、なんでじゃ?」

この鋭い目は、全てを見透かすような、そんな目だから。

「それ、は……」
「ただ、自分が諦めるチャンスが欲しい。
自分勝手な、エゴじゃな」

言わないでほしかった。わかっているつもりだったけれど、だけど、他人から言われるとこんなにも重いだなんて。やっぱりあたしは自分勝手だ。
諦めたくてでも諦められなくて。だったらあたしを諦めさせる決定的な何かがほしくて。

「……そうだよ。
今やってることは、奈津子を裏切ってる。奈津子の気持ちを知りながら、柳生を応援してる」
「……」
「……でも、そうしなきゃ、あたしは……」

泣いてしまいそうだったんだ。壊れてしまいそうだったんだ。
可能性のない恋をしていられるほどあたしは強くない。それに、奈津子の仁王への気持ちも、よく聞いてみれば恋とは違うのだ。
柳生の背中を押すことがいけないのなら、あたしは、どうすればよかった?

「笑ってなんか、いられなくなっていた」

報われないのは、この恋心。
どうにかして、心が泣くのを止めたかったんだ。




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