ぐっどばいまいでぃあ
街灯がポツンポツンと夜道を照らす。人も少ない中、二人でゆっくり歩く。
「それにしても珍しいのう、相澤から誘ってくるなんて。明日は真田が女装するかもしれん」
「失礼なやつ……!!」
アスファルトは夕焼けのときとは違って少し冷たい印象があった。そんなアスファルトを見つめて、ぽつり、と仁王が呟いた。
「たしかこの時期じゃな……、俺がお前さんを好きになったんは」
あたしは何も言わなかった。言ってはいけないと、思った。沈黙で、次の言葉を仁王に促す。
「最初、コートで一人居残り練習しとるのを見て、よくやるなぁと思う反面バカみたいじゃと思ったぜよ」
あぁ、そうか。この時期は部長としてみんなを引っ張らなきゃいけない、と必死に、毎日毎日練習してた頃か。毎日毎日、それこそ先生に怒られるまで。努力しなければ乗り越えられないものがあったから。
「じゃが、毎日毎日やっとる姿を見てな……次第に好きになってった。俺はそれからずっと、お前さんが好きじゃ」
「……にお、」
「なぁ、俺と付き合ってくれんか、相澤」
自然と足が止まる。あたしの家の前だ。もうこんなところまで来ていたのか。ぼんやりとそんなことを考える頭の片隅。
目の前の仁王は真剣な顔をしている。街灯の明かりが仁王の銀髪を照らして、真剣な顔の仁王が色っぽく見えて、胸がぎゅっと苦しくなった。
「返事、聞かせてくれんか」
ぎゅ、と強く拳を握り締めているのがよくわかる。緊張しているのはあたしも同じ。あたしは無言でカバンのチャックをあけて油性ペンを取り出す。
「て」
「は?」
「手のひら、出して」
「ぉ、おう」
脈絡のないあたしの話に、仁王はとまどいながらも手を出す。突き出すようにして向けられている仁王の手のひらに、あたしはペンで書いていく。
緊張と、慣れない体勢で、ペンが震える。どくん、どくん、と心臓が大きな音をたてていて、この文字であっているんだろうかなんて余計な心配事が出てくる。
「なぁ相澤、こしょばい」
「がーまーんー」
「ハイ」
あたしがやられているわけじゃないのに妙にくすぐったい気分になって、急いで書き上げる。このさい字がどうとか気にしない。ペンに蓋をして、仁王に手を振る。また明日。
この意味、詐欺師と言われる貴方ならわかるでしょう?
「……?」
「また明日ね」
仁王が手のひらの文字を確認するのとあたしが家に入ったのはほぼ同時だった。扉を閉めて靴を脱いだ瞬間、仁王の小さな小さな喜びの声が聞こえてきた。
「よっしゃ!」
新しい恋に、踏み出そう。さぁ、あたしをさらっておくれよ詐欺師さん。
──幸せにしてくれないと許さないからね。
ペンを握りしめて、あたしは緩む頬を隠して自分の部屋に向かった。明日の朝、ドアを開けたら仁王がいるんだろうな。詐欺師の名に似つかわしくない、無邪気な笑顔で。
そしたら、仁王に抱きついてみよう。
大好きだよ。
そう、告白して。
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