愛してました



あの日からしばらく経った。いつの間にか季節は変わっていて、あと一週間でテストだとか。部活のない放課後はやけに長く感じる。

一緒に学校に残って勉強している奈津子は、頬杖をついてぼんやりと呟く。

「まだ、距離があるの?」
「……まぁ、ね」

確かにあの日から今まで通りに話すようになって、メールもするようにはなったけど。でも、あたしは──多分仁王も──感じている。小さな距離。それは、多分仁王の告白が原因だ。まだ、あたしは返事をしていない。

「仁王くんも奥手だねぇ」
「なんか目の前で言われると複雑な気分なんだけど」
「あはは、ごめんごめん」
「もう……」

奈津子はふふっと笑うと、質問に行ってくるねと言って、ノートを手に教室を出ていった。教室に残ったのはあたし一人。あぁ、勉強しなきゃ。

「相澤さん?」
「ん?あぁ、柳生。どうかした?」

不意に、教室の外から柳生が現れた。急だったから少しだけ驚いたけど、普通に返事を返す。柳生相手にどきどきときめかなくなったあたしはだいぶ進歩したと思う。

柳生はくいっと眼鏡をあげると、少しの沈黙のあとに特に理由はありませんと答えた。

珍しい。特に用もなく彼があたしに話しかけるなんて。でもきっと仁王がらみだと思う。勘と言ってしまえばそれで終わりだけれど、そんな予感がした。

「仁王くんに、告白されたそうですね」
「うん、まぁ」

柳生を見る。その顔つき、体つき、仕草。どれも全部好きだった。なのにどうして、あたしの目には彼に仁王が重なって見えるのだろう。

あぁ、言ってしまおうか。そして一歩、新しい恋に足を踏み入れてみようか。

夕焼け色に染まるグラウンドからは野球部の掛け声。こうして二人でいると懐かしい、一年前を思い出す。

「……ねぇ、柳生」
「なんですか?」
「どうして人って他人を好きになるのかな」

視線をずらせば夕日にあたる仁王の席。誰も座っていない椅子と机が静かに在るだけだ。柳生は少し俯いて、そうですねと口を開く。

「自分の持っていないものに惹かれて……そして、認めてほしくて。愛されたいから、ですかね」
「……愛されたいならまず愛せ、か。なんだっけ、聖書にそんな一節あったね」
「──仁王くんのこと、よろしくお願いします」

いきなり、だった。あまりに自然に言われたものだから反応ができなくて、冗談として笑い飛ばせない。ぐ、と歯を食いしばった。

まだ、あたしは彼の気持ちに答えてはいけない。まだ、まだ。完全に前の恋にけじめをつけてからじゃなきゃ。

柳生はそんなあたしの気持ちを知ってか知らずか微笑んで続けた。

「知っていますか?貴女の話をする仁王くんの顔……、あの仁王くんがはにかむんですよ。とても、愛しいものを見つめるように」
「……あたし、フるかもよ」
「今は彼に気持ちが向いてなくとも、これから先に恋人どうしとなると、私は思いますよ」

紳士のお墨付き。なんて贅沢なんだ、と思って笑ってみる。この前よりもずいぶん自然に笑えているような気がする。

席を立って、携帯を掴んで、ドアに向かって歩き出す。この一言で、全てまた一から始めよう。

満面の笑みで、振り返る。

「柳生、」
「はい」
「あたしね、柳生のこと──好きだったよ」
「……えぇ、私も……相澤さんのことが好きでした」

もう振り返らないよ。大切な思い出としてしまっておく。ときどき覗いてみてさ、あのときこんな気持ちだったって覗くたびに思い出せるような、そんな思い出にしようと思う。

今ならきっと、素直に言えるよ。

「奈津子とお幸せに、ね」

確かにあたしは、柳生を愛してました。この恋は終わってしまったけれど、どうか、大切な記憶となりますように。

どうか、この記憶があたしの糧となりますように。どうか、あの二人が幸せになりますように。どうか、あたしのこの気持ちが彼に届きますように。

廊下を走って走って、階段も駆け上がる。きっといるはずだから。彼は──仁王は、屋上に。

「……はぁっ……はぁっ、ぅ、はぁっ……に、ぉ……」
「なんじゃ相澤。そんな息を切らして」

シャボン玉をぷう、と膨らませて飛ばせていた仁王。あたしのことを見て、近寄ってくる。呼吸が落ち着くまで、何を言うでもなく待ってくれる。

息を整える。心臓が破裂しそうなほどに脈を打つ。

「あの、さ」
「ん?」
「……一緒に、帰ろ?」

夕空に、ぱちんとシャボン玉が弾けて消えた。






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