イレギュラー



フェンスに寄りかかる。コートにはもう、誰も残っていない。部室に残っているのは仁王のみ。今日はやつが戸締まり当番らしい。世も末だ。

意を決して、部室の扉の横に寄りかかった。さっき切り取ったノートの切れ端と一緒に握りしめる携帯電話の裏側には、いつだったか四人でとったプリクラ。人差し指で一撫でしてから電話帳を開いて、コールボタンを押した。

部室の中から、携帯電話の着信音が鳴る。ガタン、と音がして、数秒の間を置いてから──仁王が電話に出た。

『……もしもし』
「……もしもし」

見つめるのは言いたいことをメモったノートの切れ端。なぜ、あんなことをいきなり言ったのか。どうして、諦めたはずなのにあんなに嬉しそうに笑ったのか。

他にもあった、けれど。聞ける自信が全くなくて、この二つだけを震える手で書いた。

「あの、さ。聞きたいことあるんだけど」
『……俺も』
「先に、いいかな」

ばくばくと破裂しそうなくらいの勢いの、心臓の鼓動。やけに大きく聞こえて、深呼吸を一つした。

「どうして、あの日……いきなり懺悔なんてしたの」
『……そうじゃな、理由としては……#相澤#が泣いてたから』
「……」
『……間接的とはいえ、俺が泣かせたと思うと……どうにもやるせなくなって、の』

変なところで真面目な仁王。そんなの、駆け引きじゃとか言って気にしないような印象さえあるのに。仁王は、小さく、聞き取れるかどうかの声で罪悪感、というのが近いかと呟いた。その言葉を聞いて、自分の心が波立つのを感じた。そうか、あたしは仁王が柳生に言ったことに対して怒っているんじゃないんだ。

あたしは、自分勝手な仁王に怒ってるんだ。

「……あたしは、あたしの意思で柳生を応援すると決めたんだ。だから、失恋した。
それは、仁王のせいなんかじゃない」
『は、優しいのぅ』

それだけは、はっきりしておかないと。

確かに仁王が言わなかったらと思うところもある。でも結局応援すると決めたのはあたし自身だ。あたしが選んで、歩いたんだ。決して仁王がどうこうした問題じゃない。

震える声を止めて、仁王の言葉を待つ。

『聞きたいことはそれだけ、かの?』
「あと、もう一つだけ」

ノートの切れ端を、ぐしゃりと握りつぶす。声が喉に張り付く。お願い、教えて。

「どうして、さっき……あんな風に笑ったの?」
『……』

前の質問とは違い、仁王は沈黙した。

たった数秒が長い。長い長い沈黙の後に、仁王は絞り出すような声で言った。

『不謹慎じゃが……相澤のことを考えていたときに、コートの外にお前さんがおって……』
「うん」
『ただ純粋に、嬉しかったんじゃ』

好きな人が、自分を見にコートまで来てくれた。

それがただ純粋に嬉しくて、諦めたことすら忘れて思わず微笑んでしまったと、いうことらしい。

『本当は、お前さんと話したいし、いろいろ遊びたいし、触りたいし』
「……あたしも、仁王としゃべりたいし数学教えてもらいたい」
『明らかに数学目当てじゃなか?』
「だって仁王の数学わかりやすいから」

話したい。話したいんだよ。好きとか罪悪感とか、そんなん関係ないじゃん。前みたいに四人で集まって食べ放題行ったり、遊び行って無駄遣いしたり、そんな風になれないかな。

あたしは、戻りたいよ。普通の異性の友達よりも強い絆があって、お互いを信頼しあえて、そういうのってなかなかないものなんだよ。

それを罪悪感からって、簡単に壊してしまった仁王に、あたしは怒ってる。

「罪悪感とか、そんなの関係ない……あたしは、仁王と話したい。あたしの隣には、仁王がいなくちゃ」
『それは、告白と受け取っていいんか?』
「仁王の隣には奈津子がいて奈津子の隣には柳生がいてって続くから」
『……残念じゃ』

ククッといつもみたいに仁王は笑った。あたしもつられて笑う。

嬉しい。

一瞬ある可能性が頭をよぎった。違う、そんなんじゃない。

『もう遅いんじゃ、家まで送るぜよ』
「え?いいよ別に」
『部室の前にいるんじゃろ?』
「……」

なんでそのことをこの詐欺師が知っている。なんで、と言う前に部室の扉が開いて仁王が顔を出した。

「お前さんの声、丸聞こえじゃった」
「あ」

初歩的なミス。

あたしは悔しい思いをしながら、すたすたと歩いていく仁王についていった。

イレギュラー発生。イレギュラー発生。こんな、予想なんてしてないよ。あたし失恋したばっかなのに。なんで、なんでよ。なんでこんなに……嬉しい、の?






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