あい・らぶ・ぴーす! | ナノ


「さてと、それじゃぁ帰りますか!」
『元に戻ってよかったわね』
「当たり前だろ」
『そろそろネタばらしされたくない?』
「ネタって?」

二人だけのはずだったのに、女の子の声が私の、跡部さんの言葉に反応する。思わず立ち止まって女の子の声に問い返せば、私のお腹から透き通った手がにょきっと生えた。

「ギャー!」
『あははっ!』
「……アリサ……」

後ろを振り返れば、それはそれは楽しそうに笑うアリサの姿があった。相変わらずサラサラの黒髪に、制服姿だ。ネタばらし、とは一体何のことだろうか。跡部さんはアリサを睨み付けるようにしている。

アリサは無造作に置かれていたスケッチブックを宙に浮かせて、パラパラと捲っていく。そして、捲り終わったページには──

『【ドッキリ成功!】ってことよ』
「……へ?」
『実はね、これ……幽霊のお楽しみの一つなのよっ』
「はぁ?」

幽霊の、楽しみ。これとは推測するに、中身入れ替わりのことだろう。楽しみってなんだ楽しみって。

『お札云々は全部嘘。たまたまこの学校にあったから利用したのよ』
「楽しみ、とは?」
『人間だって肝試しとかするじゃない?』
「肝試しって……こっちの肝が試されてた気がするんだけど」
『……それは申し訳なかったと思ってるわ』

しゅん、と喜びが萎えて、利用されたことによる苛立ちが少し芽生えた。けれど、申し訳なさそうにしているアリサを見ていたらなんだか怒る気力も失せてしまう。そうだよ、こんな体験滅多にできないんだからラッキーと思えばいいじゃない。結局元に戻れたのだし。ちょっとブルジョワ気分味わえたし。

「まぁ、肝試しされた気持ちを理解できたということで……いいけどね」
「……」
『今度からは異性で行わないようにするから』
「改善点ちがーう!」
「まぁ、余り被害を増やさないに越したことはねぇな」

跡部さんはバツが悪そうにそう呟いた。きっと肝試しをしたことがあるのだろう。言い出したのは向日くんとか芥川くん、そのあたりだろうな。

『人間だけが幽霊を使って楽しむなんて、不公平じゃない』
「……確かに、それはそうかも」
『幽霊にだって人権はあるわ!着替えを覗かれた子だっているのよ?』
「見えないんだからいいじゃねぇか」
『気持ちの問題なのよ、ね、皐』

着替えを見られるどころか痴漢にすらあったことのない私に何を聞くか。待っとれ、今にバインバインの乳を手に入れてやるんだからな……!

とにもかくにも、元の身体に戻ったのだ、毎日牛乳と鶏肉を食べればなんとかなるはずだ。

「毎日シチューやグラタンか……!」
「なにはともあれ、今後こういった遊びはやめるんだな」
『えぇー、いいじゃない!』
「学園での肝試しは禁止させる。それでいいだろ」
『それはそれでつまらないわよ』「あのなぁ……」
『珍しい体験ができたのよ?いいじゃない』

考えてみればこの数日間、びっくりしたけれども色々なことがわかった。ブルジョワの家は馬鹿みたいに大きいこと、忍足さんはやっぱりかっこいいこと、跡部さんもただの嫌味なナルシストじゃなくて少しは優しいこと、でもたまに暴力的なこと。

跡部さんへの偏見も少なくなって、幽霊のアリサと仲良くなって、幽霊の考え方を知った。

そう考えたら、入れ替わりも悪くはなかったのかもしれない、なんて思う。映画のようなハッピーエンドではないけれど、私にとってはこれ以上ないハッピーエンド。
くすぐったくなって、クルリと出会ったときのアリサを真似して回ってみる。くるり。

足を椅子にぶつけて顔面強打、床と仲良くなりました。