この世界に来て、働き始めて、三ヶ月。毎日店に閉じ籠りの私に、一人だけ友達ができた。麻奈ちゃん。私と同じ世界の子だという。私が買い出しをしているとき、たまたま彼女と知り合った。でも、彼女はどうしてか幸せそうで、どうしてかと思ったけれど私もそのうちわかるんじゃないかな、と思った。

幸せは考え一つで不幸にもかわるの。そう言った彼女の存在は知り合いもいない私にとってとても大きなものだった。

「いらっしゃいませ」

そしてもうひとつ、私には今楽しみにしていることがある。

ガー、と自動ドアが開いてお客様が入ってきた。また、彼だ。名前も知らないけれど、学生さん。毎朝毎朝サンドイッチを買っていく。部活をやっているのか、とても大きなバッグを持っている。

私は毎朝それを見るたびに胸が踊って、でも苦しくなる。
私も学校に行きたい。さんざん勉強したくないから行きたくないと思っておいてなんだけれど、あの友達との馬鹿馬鹿しい会話、勉強に苦戦したり何か打ち込めるものを見つけたり。やっぱり、いいものだった。

「(なんて、今さらかな)」

あの頃を思い出すことができて、何かに打ち込むようなあの姿。毎朝、今日この人はどんな一日を送るんだろう、って想像しては楽しむのだ。部活を頑張るのかな、抜き打ちテストがあったりするのかな、彼女と一緒に帰るのかな。

「……あー……あの」
「……はい、なんでしょう?」

レジ近くにきたから会計かな、なんて思っていたら話しかけられた。うわぁ、よく見ると整った顔立ちしてるなぁ。なんて思ってたら、彼は少しためらってから話し始めた。

「毎朝いますよね」
「まぁ、仕事ですし」
「歳は?」
「……17、です」

そう答えれば、彼は驚いたように目を開いて俺と同い年だと呟いた。彼も、高校生か。年齢が同じといえことで親近感がわいたのか、彼は砕けた口調になる。

「毎朝大変だな。学校は何処なんだ?」
「……行って、ません」
「……?」
「えっと……その……私、お金がなくて住み込みのバイトとして雇ってもらってて……」
「……悪いこと、聞いたな」
「……いいえ」

気まずい雰囲気がパン屋に流れる。何を思ったか、彼はポケットからミントガムを取り出して私に渡した。これは一体なんだろう。

「今まで、頑張ってきたんだな」

悪いこと聞いた詫びと、今まで頑張ってきたその頑張りの分。安いけどな。そう彼は言って笑った。つられて私も笑った。暖かい。胸がほっと、何かに包まれてるような安心感をおぼえる。

「俺は宍戸亮。お前は?」
「秋月悠里です」

秋月な、と彼──宍戸さんは復唱すると、いつものサンドイッチを手に会計を済ませた。

「また明日、秋月」

あぁ、夢みたい。頑張りを認めてくれるひとがいたなんて。




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