少女は自分の部屋にいた。目が覚めたあの日から一週間。医師や母親によれば、少女は一週間眠り続けていたらしい。とくに原因となるような病気もなく、少女は謎の植物状態だったのだ。戻ってきたあと念のため二日入院し、元の生活を送っている。
今では、あの不思議な体験は夢だったのかと考えている自分がいることに少女は気付いていた。
何気なく携帯を見る。そこには、多くの友人や知り合いからのお見舞いのメールや体調を気遣うメールで溢れている。それを一件一件読み返し、少女は少し微笑んだ。
少女はおもむろに新規作成のボタンを押す。そして、なにやら文章を書き始めた。
──届くことはないと知っていても、メールを送ろうとしている私はバカでしょうか。
宍戸さんと深く関われたのはたった一週間だったけれど、今まで生きてきた中で一番幸せでした。
幸せで幸せで、怖いほどに。
大好きでした。宍戸さんの優しさに、私はとても救われていました。
ありがとうございます。
本当はもっと長い間そばにいて、もっといろんなおしゃべりがしたかったのに残念です。
いつかまた会えたなら、おしゃべりしましょうね。
近くに麻奈ちゃんはいますか?もしもいたならば、伝えてください。麻奈ちゃんは、私の一番の親友だと。いつもあたたかい笑顔で励ましてくれた麻奈ちゃんは、私の憧れです。本当に、本当に大好きです。
それと、おばあさんにも。誰よりも優しいおばあさん。私がおばあちゃんになったら、おばあさんみたいに優しさに溢れた人になりたいと、心から思います。そう伝えてください。
少し長くなってしまいましたが、これで終わりにします。
伝言ばかりになってしまってすみません。
宍戸さん、本当にありがとう。
貴方が私を認めてくれて、私は本当に救われたんですよ?毎朝毎朝、貴方が店を訪れてくれて嬉しかった。
私は貴方のことが、好きです。
もう、想いは届かないですけど……
宍戸さん、私、とても幸せでした──
電話帳には入っていないが、何度も何度も見直して覚えている少年のアドレスを入力する少女。自嘲ぎみに笑っていた。
この世に存在しないメールアドレス。送ってもエラーメールが返ってくるのは目に見えている。
それでも少女は送信ボタンを押した。
「悠里ー、学校に遅刻するわよー」
「はーい」
送信完了とほぼ同時にメールを受信する。
──受信メール 1件──
少女は携帯を閉じて鞄にしまった。
またいつもと変わらない毎日が幕を開けた。
幸せだったあの日。
少女は少年を愛していました。しかし少年もまた少女を愛していたのです。