先日と同じ光景が並ぶが、ここ数日の俺の大人しい生活態度もあり以前程に空気はひりついていない。といっても和やかとは程遠いが。

「伝えてる通りイスカの先は視えてない。だから具体的に何をどうすればいいのか分からないけど、周りを視る限り回避する未来にイスカは絶対必要だ。恐らくイスカが持つ情報と、イスカ自身が必要なんだと思う」

迅さんの言葉に俺は瞬きを返す。俺自身が必要とまで言われると思っていなかったので流石に戸惑った。そう来たか、内心悲観しそうになったが、表情を取り繕って質問をする。

「周りから何が視えましたか?」
「ボーダーが、蜂みたいなものを撃ち落とす姿」
「ーーーそうですか」

俺が持っている外の情報は、玄界が持つ情報よりも圧倒的に多い。迅さんが視た先は、その中でも”そうでなければいい”と願っていた情報だった。俺は目を伏せて、溜息を吐いた。

「迅さんのおっしゃる通りです。一歩間違えば、この玄界は滅びます。私の国と同様に」

迅さんが視てしまっているので、もはや抗いようのない未来だ。脳裏に焼き付いて離れないあの絶望的な光景がこの国でも起きるのかと思うと、恐怖と絶望で震えが止まらなくなる。

「情報を提供します。この情報を活用するかはお任せします。またこの情報は、無償で提供します。いつも面倒見てくださっている方への感謝の気持ちとして」

俺を嫌う人がいても当然だ、外から来た近界民なのだから。それなのに、それを知ってなお優しくしてくれた人がいて。そしてそれを知らせないままに、仲良くしてくれた人達がいた。この国には、俺の国ようにはなって欲しくない。他のことであればもっと情報を惜しんだと思うが、この件であれば情報を渡そう。

「迅さんが視たのは、ある国が開発した、虐殺用のトリオン兵です」
「虐殺…!?」

俺が情報を無償提供するといったことに数人は裏があるのかと訝しんだ顔をしたが、続けた言葉で表情を変えた。まさかそんな、と今にも叫びそうな姿に、どこか客観的な自分は同意した。そんな危険な兵器が生み出されてるなんて信じられなくて当然だろう。

「私のいた国は、ある交渉ごとを跳ね除けた報復として、そのトリオン兵を仕掛けられました。そして目覚めたトリオン兵により、全ての人間は捕食され、どうすることもできず、これ以上生きながら殺される訳にはいかないと自決の道を取りました」

生きながらに食われる姿を思い返して、血の気が引く。手足の感覚が消えたように思えた。

「トリオン兵は、蜂のような形状をしていますが、それは成体です」
「成体?ということは」
「ええ、生きています。生物兵器です」

絶句、といったところだろうか。呼吸音すらもらせない様子だ。無理もない。まさかそんなものが作られるなんて思わないだろう。俺も未だに、何故そんな危険なものを作ろうとしたのか、その心理が全く分からずにいる。他国を侵略するためだけに、そんな馬鹿げたものをつくるなんて。

「国の何処かに、巣を仕込みます。初めはヒマワリのタネほどのサイズですが、その巣で多くの幼体が成長するので、ひと月程で気球程の大きさになります」
「気球だって!?すごい大きさじゃないか!?」
「フン、データがなくとも、そうなる前に目視で確認できる。さっさと処分してしまえば」
「それが出来れば、私の国も、他の国も滅びずにいられました」

俺が淡々とそう告げると、きつねとたぬきは黙ってしまった。
どうにかできるものであれば、俺の国も、家族も、死なずに済んだ。俺の国は決して国力が弱かったわけでも、軍事力が貧弱だったわけでもない。

「巣は繭のように見えますが、装甲です。現在、私の知る限りではどの国の技術でもこれを破ることが出来ません。水にも風にも、火にも、切っても、撃っても、爆破しても、破れません」
「そんな……」
「ひと月でその繭の中で幼体が育ち、そして成体となって生まれます。蜂のような生き物で、飛んで移動し、人間の持つトリオンを吸って生きます」
「吸っ……!!」
「トリオンを根こそぎ吸われた人間は動けなくなり、そして体全て食われます」

動揺している空気のなか、もう思い出すのはやめようと俺は目を閉じて深く息を吐いた。思い出すたびに後悔が溢れて、その後悔に押し潰されそうになる。

「な、なんてことだ…」
「そんな事現実に起きたら…!!!」
「特にトリオンを好むので、先ず前線に出るようなトリオン体の人間が狙われます。そして一般人へ、そうして国を滅ぼします」
「そのあとは……どうなるんだ?」
「虐殺用に作られたトリオン兵なので生殖能力はなく、トリオンがなければ直ぐに死にます。そのためその国を滅ぼしたら餌がなくなるので共食いが始まり、最終的に全滅します。国の間を飛び回ることがないので、野生で生息はできません。一般に知らなれない理由はそれです」

一般人は知らない、近界民であってもこの兵器を知る国や人間は極一部だ。流通していないので当然で、それ故にその被害者である俺が此処に呼ばれた。冷静さと動揺半々で難しい顔をした忍田さんが口を開く。

「だ、だが、そんなものを発明した国があるのなら既に外は掌握されているのでは?」
「作った国は自滅しました。自分達で作った兵器が逃げ出してしまい、その処分が出来ず、滅びました」
「なっ……!」

そう、その兵器を作り出した国自体が、その兵器によって滅びてしまったのだ。始末の悪いことにその兵器を止める方法を作りださないままに、だ。製造方法が永遠に失われたのだけは幸いな話だが。クソみたいな話すぎて、笑うしかない。

「本来は残っていないはずのものですが、製造国と協力関係にあった国が持っていたようです。殆ど脅しに使われるのみで、実際に使われることは、扱いの難しさもあってないはずですが……」
「クッソ!!!」

一体、誰がどういった目的でそれを仕掛けるのかは分からないし、俺が知るところではないが、玄界は知らぬ間に窮地へと立たされていた。

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