当真と眼鏡攻防 俺は競歩で本部を移動していた。 健康のために鍛えているとかではなく、単に急いでいるのだ。 やらなくてはいけない事が山積みで、このままだと泊まり込みになってしまう。 それはどうしても回避したかった。いつもの比じゃないくらい回避したかった。 「つぐみさん?」 「ひっ」 誰も話しかけるなよオーラを纏って早足で歩く俺に声をかけてくるやつがいるなんて思っていなかったのでびびった。 しかも足音も無く近づいてくるから心臓止まるかと思った。 思わず足を止めてちらっと振り返る。 「び、びっくりした。なんだ、とーまくんか……」 「やっぱりつぐみさんか。なんでパーカーなんて着て…つかメガネは?」 知らない人じゃなくてよかったけど、面倒な子にあってしまった。 任務終わりなのか珍しく私服姿だ。Tシャツにブラックジーンズとかどんなモデルだよ…。 なるべく顔を見られない様にフードで隠す。 そう、とーまくんの指摘通り、俺は今、眼鏡をしていないのだ。 今は亡き俺の眼鏡。まだ新調してから数カ月しか経ってないってのに。 短命だったなとその瞬間を思い出して遠い目をする。 「別役くんにより壊されて、でも作りにいく時間もなく。来馬くんがお詫びにとパーカーをくれた」 「ああ…、そりゃ災難だな」 別役くんのどじっ子具合は大分有名らしく、この話をする度にみんな「ああ…」みたいな反応をしてきた。被害者の会とか作ったらかなりの会員数になる気がした。 「なんでフード被ってるのに分かったの?」 「狙撃手の洞察力」 サイズの合わないパーカーに、おまけにフードをしていれば、隊服などないいち技術者の俺だと気が付く人はほぼいないだろう。 なのにとーまくんは後ろ姿だけで声をかけてきた。普通にすごい。流石スナイパー1位なだけはある。 まぁそんな世間話をしている場合ではないので俺は適当に挨拶して足早にその場を去ろうした。 しかしとーまくんはそんな簡単には引き下がってくれない。俺と並行して歩いてくる。 悲しきかな足のコンパスが違うので俺が頑張って競歩をしても、とーまくんは普通に歩いている様にしか見えない。むかつく、足削って俺に寄越せ。 「もっとじっくり見せてくれよ、前はつぐみさんが逃げるから全然見れなかったし」 「やだよ!ていうか俺、メガネも作り直しにいけないくらいに忙しいんだって言ってんじゃん」 「別にそんな急がなくても大丈夫だって」 「とーまくんの発言って全く一部も信用できないよね」 本人が急いでるって言ってんのに、大丈夫ってなんだよ。大丈夫じゃねーんだよ。 フードを深く被りなおして足をはやめる。 「なー、いいだろ?」 「よくない。邪魔だからどっかに散って」 手で払うような仕草をしてとーまくんを構う気が無い事をアピールした。 眼鏡があるときならともかく、無い時に絡んだらどうなるか予想もつかない。 とーまくんが街中にいる変人と同類だとは全く思っていないけれど、なんだろう、常識にとらわれない感じだから躊躇なく踏み外してきそうで怖いのだ。 後もう少しで技術室というところで、肩を掴まれた。 「っ!」 壁に押し付けられる形になり背中をぶつけそうになったが、とーまくんの腕が背中にまわったおかげで壁にはぶつからなかった。その代わりに、片手を俺の腰に回し、片手を俺の顔の横の壁に手をついた感じで、とーまくんに抱きしめられることになってしまったが。 間近で見られそうになり慌てて顔を下げる。 「つかまえた」 「とーまくん!」 「見るだけだから」 見るだけってなに、見る以外にも選択肢があるんですか。 混乱している俺はくだらない事を考えながら必死で逃げだそうとしたが、悲しい事に内勤25歳男性には優しく10代の若さを振り払う力はなかった。 フードをとられて顔を晒される。 壁に付いていた手で顎を掬われ、強制的に上を向かされた。 とーまくんのにやにやとした表情が目に入り、俺は顔を歪める。 「だから、急いでるんだってば…!」 「なかなか見れないんだから堪能させろよ」 人の顔にどんだけ執着してんだこいつ。 想像以上に鍛えている胸板を押すがちっともさっぱり。 そうこうしてる間に、顎をとらていたとーまくんの指が俺の顔を這う。 頬を撫でて、そのまま唇をなぞられる。何度も何度もなぞられて、ぞわっとして、俺は身を固めた。 とーまくんが感嘆のような声音でもらす。 「―――、やっぱメガネないと雰囲気かわるな」 18歳こわい。 ていうか見るだけじゃないじゃんか。 俺はとーまくんの指から逃げようとするが、とーまくんはしつこく追ってきた。 「触り方なんとかしなさい!18歳でしょ!」 「歳なんて関係ねーよ」 いやいや俺の18歳はもっと健全でしたからね。こんな卑猥な感じじゃないですし。 そろそろどうやってあしらおうかなと考え始める。 だって鬼怒田さんが戻りが遅いって怒りだしそうだし。 すると、どういうわけか俺の顔がお気に入りらしいとーまくんがにやりと笑った。 「つぐみさんはメガネない方がいい」 その言葉に、すっと頭が冷めた。 眼鏡が無い方がいいと言われても俺はそうだと思ってない。 なんで眼鏡がこんなにも必要なのか、なんで俺が必死に隠して生きているのか、そんなこととーまくんは知らないし、知らなくていい。 眼鏡に関する見解は一致しそうにないので理解してもらう努力は必要ない。 だからもう、解放してもらうだけでいいや。 「あのさ」 抗おうとしていた手を落ろして、真っ直ぐにとーまくんを見る。 はじめはにやにやしていたが、すぐに表情が驚きにかわった。 俺の表情が消えたからだろう。 「とーまくんは可愛い年下なわけよ。だから手とか足とか出したくないわけ」 俺のこと怒らせないでよ。 静かにそう告げると、とーまくんはじっと俺を観察してから、ふっと笑って手の力を緩めた。 俺はそこから抜け出して、フードを深く被り歩きだす。 知り合いにはどうしても手を出したくなかったのでとーまくんが物分かりが良くて助かった。 「つぐみさん」 呼ばれてちらりと振り返れば、またなととーまくんが手を振り来た道を戻って行った。 ふぅと深く息を吐いて、俺は気持ちを切り替え直す。 難所は切り抜けれたのだから、もう後の時間は何事も無く過ごしたいものだ。 技術室の扉をトリガーで開け入り、俺は鬼怒田さんの元へ急ぐ。 |