傷の舐めあい











屋上での三輪と会話を終えた迅が、屋上から階段を下りようとすると、階段の途中に見慣れた背中を見つけた。
背を丸めて座っている彼に、そっと声をかける。

「つぐみちゃん」
「…迅くん」

ゆっくり顔を上げて迅へ視線をうつす。
ぼんやりしているので、眠たいのかもしれない。

「何してるの」
「三輪くんとこそこそ話してるからなに話すのかなって気になって」
「……隣、座るね」
「うん」

迅が隣に腰を下ろす。
サイドエフェクトを使う限り三輪はまだおりてこないのでゆっくり話せるだろう。
廊下は建物内といえど屋上と近いからか少しひんやりしていて、よく座っていられたなと思う。
つぐみはお腹からコーヒー缶をとりだす。

「あげる」
「ありがとう。まだあったかいね」
「俺があっためてたから」

なるほど、先ほどの姿勢はまるまって腹においたこれで暖をとっていたということか。
つぐみは何も話さず、ぼんやりとしている。
コーヒーのプルタブをあけて、一口飲み込む。
つぐみの横顔を見れば、先ほどの会議室は暗かったので気が付かなかったが、顔色が芳しくないことがうかがえた。

「目の下、クマになってるね」
「……最近あんまり眠れなくて」

忙しいからかな。そう無理して笑うつぐみに、胸が痛くなった。目の下のクマが、忙しさからじゃないことぐらい、迅にはサイドエフェクトをつかわなくても分かる。
いたわるようにつぐみの目の下を触ると、つぐみはくすぐったいと身をよじった。

「三輪くん、元気だった?」
「…さっき視たので大体分かったんじゃない?」
「視えたこと全てで真実は分からない、今の三輪くんが元気かは、俺にはわからないよ」

その言葉に、ああそうだなと思った。
視えても、それが真実かはわからない。
つぐみが遠くを見るので、迅は居たたまれなくなった。
こんな顔をさせないための未来は分かっていた。しかし迅は選択しなかった。

「つぐみちゃん、三輪との事、怒ってる?」
「ん?…いや、全く」

本当に気にしていないのだとつぐみは首を振る。

「未来なんて確定してないんだから、俺がうまく立ち回れなかったのが悪い、のかな」

ぽそりとつぶやかれた言葉に、迅は思わずつぐみへと手を伸ばした。
コーヒーの缶を脇において、痩身を座ったまま抱きしめる。
抱き込んだ少し冷えた体に、迅は胸が詰まった。
つぐみはきっとなにがあっても迅をせめることなはい。

「…ごめん」
「迅くんは悪く」

ない、そう言おうとするつぐみにそうじゃないと首を振った。
迅を肯定する彼が、せめて彼が苦しいとき。

「辛い時は一緒に居たかった。独りにしてごめん」
「っ……いや、だな…そんなこと言われたら………泣いちゃうから」

震えるつぐみの声に、迅が泣きたくなった。
泣いてもいいのに、泣くのを我慢しているようで、浅い呼吸が迅の耳をくすぐる。
迅はその背中をゆっくり撫でた。
つぐみは迅の腕の中で落ち着かせるように数回深呼吸をしてから口を開く。

「大丈夫、俺は三輪くんが好きだよ。だから、このままの状態にしない、諦めない。俺、諦め悪いんだ」

先ほどと打って変わって、はっきりした声音。
声をかけてよかったなとその時思った。
つぐみはきっと悩んでいたから、迅の言葉で何かが吹っ切れたのであれば、迅もそれで救われる。

「つくみちゃんは、強いなぁ」
「迅くんが格好良いから、真似てみた」

顔を上げて至近距離でそんなことを言うから。
まっすぐに見つめてくるレンズ越しの紫の瞳に、迅は思わず顔をそらす。

「それ凄い殺し文句」

照れるには照れるが、なんだか、迅も元気をもらった気がする。
迅はぎゅっとつぐみを抱く力を強める。

「またはやくつぐみちゃんと寝られる生活が来てほしいな」
「それ第三者が聞いたら誤解するからやめてね」
「えー、別に誤解させとけばいいよ」
「だめだめ!将来性のある若者をかどわかした25歳とか言われたら俺のガラスのハート一瞬で壊れるから」

その言葉に迅が噴き出すと、つぐみも「ふふっ」と笑った。
嗚呼、失いたくないなぁ。
出来ればこの手で守りたかった。

「つぐみちゃん、本当に大変なのはここからだから」

そっと耳にかかる髪をかき上げてやれば、つぐみはこくりと頷いた。
つぐみは迅の背中をゆっくりと撫でる。
触れた個所からつぐみの優しさが染みるようで、ほっとした。

「迅くん、頑張ろうね」
「うん」

本当の戦いは、これからだ。






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